裏庭の椿の木の下に ひっそりと咲く。
これが咲くと 秋だなぁと思う。
薄紅色で可愛い。
一度植え付けたら 毎年咲き、手間いらずでよかったが、
このごろどうも少なくなってきた。
大切に育てよう。
江戸時代に 中国からやってきた多年草。
土曜日は 起きるのが愉しみ。
今朝も 5時半起床。
さっそく新聞のパズル面を開ける。
“ナンバープレース”
空いているマスに1から9までの数字を入れて、遊ぶクイズ。
タテの列、ヨコの列、9マスごとのブロックには、1から9までの数字がひとつづつ入れる。
10分以内に解ければ「キレキレ!さすが上級者」と言われてるが、
わたしは中級者と上級者のあいだくらいかな。
今朝は ほかにも初めてのパズルもあって、初めてトライ。
家人が起きてくるまでの、至福のひとときです。
【写真】「日本経済新聞・・日経プラスワン・・」2008.8.30.(土)号
頭脳体操の紙面s15ページより
古代から 紫色は高貴な色とされている。
亡き母の着物を整理していると、
紫色のものが多く、好きな色だったなぁと想う。
竜胆(りんどう)は秋の風情のただよう花のひとつだが、
近ごろは外来種の花が、あまりにも多くに増えて、目立たない存在のようだ。
わたしは 紫色の桔梗(ききょう)も好きな花。
木曽川学夏季特別講演会が開かれた。
講師は 今は岐阜市立女子短期大学の松田之利先生で、
「江戸時代のお上(おかみ)と行政」を講演された。
江戸時代、武士は槍と刀を 筆と硯に持ち替えた。
識字率というか、文字が読めるということでは、
お上から しもじもまで たいへん高かった。
「整備された行政機構」と「記録・文書の重視」という点では、
現代も 江戸時代とあまり変わりはない。
思い当たることが多く、すんなり納得できた。
江戸時代の行政は 徳川幕府と藩。 今は 中央と地方である。
けれども 中央・地方は、上下関係のように思いがち。
地域と言うほうが 個性の違いが出てよい。
身振り手振りで 表現力豊かな講演は、聴いているほうも楽しいものだ。
朝のテレビを見ていたら 「夏におでんを食べるのが流行している」と、放映していた。
スーパーマーケットでも袋入りの「おでん」がよく売れるそうです。
きょう、ひさしぶりにコンビへ行ったら、売ってましたネ、おでんを・・。
・・“今月中は 特別価格一個80円”と POPチラシ付きで。
今夜 わが家でも 作ってみました。
夏なので 白だしを作って、白っぽい仕上げに。
盛り付けは 夏用の平らな鉢に 涼しげにした。
おでんというより、関東煮ですネ。
中学生の孫が「○○ちゃんのところは、おでんの日には家族みんなでコンビニへ、自分の好きなおでんを買いに行くんだって」という。
わたしは、目が点になった!!
50歳代は あちこち よく海外旅行をした。
近ごろは あまり機会がないが・・・。
わたしの場合は それまでの いくつかのグループとのお付き合いから、
数日から一ヶ月間くらいの「ショート・ホームステイ受け入れ」を よく引き受けていた。
そのお返しに みんなが来てくれませんか、というので、
その人の家庭へ のこのこと訪れたというのが多い。
メキシコへ行くとき、お友だちから「その国の 水について」のレポートを頼まれて、生活用水のあれこれを見てきたことがある。
外国と比較すれば、日本ほど水に恵まれ、しかも、きれいな水はない。
(わたしは木曽川という 恵みのおおい流域に住んでいるからかもしれないが。)
いつか岐阜県恵那市の坂折(棚田)に行ったとき、こんな立て札が立ててあった。
ここにも 住民の小さな心がけが生きてます・・。
【写真】恵那市 中野方川環境対策協議会の看板
わたしの町の在住外国人支援「みんなの日曜塾」で、陶芸を習いたいという希望があがった。
ブラジルやペルーからのお母さん対象に、今まで料理、折り紙、押し絵などをやってきている。
陶芸は初めての人が多いので、ポリスチレンフォーム(緩衝材の再利用)を型にして、”角皿”を作ってもらう。
別のコーナーでスペイン語の勉強会を終えた子どもたちも、「やりたーい!」と土を捏ねだした。
子どもたちは日本の学校に通っているので、日本語はみんなできる。
お母さんたちは長い(10年くらい)人はできるが、充分できない人にも子どもたちが通訳してくれるから、こちらも とても助かる。
木曽川学セミナー第8回は、谷沢明先生(愛知淑徳大学現代社会学部教授)。
木曽川上流域の話で、タイトルは「フィールドワーク探る 暮らしの風景」。
伊勢湾に流れ出るまで277kmの木曽川。
その「源流の里」:木祖村(長野県)。
1180世帯、人口3346人の小さな村。
木曽川を通して中下流域の他の都市と姉妹都市になってがんばっている様子を話された。
わたしは 昨年も谷沢先生から聞いた「坂折棚田」の話に魅せられて、
あれから坂折棚田(恵那市)を 二度も訪れた。
今回も、木祖村の美しい山を訪れてみたいものだと思った。
多治見にあるカフェ&ギャラリー・・・・・。
カフェの二階には著名な陶芸家の抹茶茶わんが展示されていた。
いつもは一階で喫茶室のお店だが、期間限定で二階のギャラリー内でも抹茶が飲めるようになっていた。
赤い毛氈の上に、夏用の簡単な「お盆手前」の道具がしつらえてあった。
現代風の抹茶入れが とても可愛くて印象的でした。
女主人も 笑顔のきれいな 感じのよい女性(ひと)。
“土と炎の国際交流・・”
「国際陶磁器フェスティバル美濃‘08」が、
多治見市のセラミックパークMINOで、8月1日~9月30日の会期で開かれている。
“国際陶磁器展美濃”では、陶磁器デザイン部門、陶芸部門の入賞・入選作品200点くらいををたっぷり見て回った。
一番印象に残ったのは神奈川県の佐藤百合子さんの作品・・・
・・・作品名「ぼくたちはひとりぼっち」。
・・・ひとは人ごみの中に居る時、突然強い孤独感に襲われる。
・・・多様な社会問題を内包する人間を、何百匹もの羊たちで表現した 風変わりな作品。
陶器でこのような形式での表現方法に感心した。
本当にすごい。
こういう人を芸術家と呼ぶのかなぁ。
すぐれた作品を見ていると、意欲がでて 心も弾む。
【写真】第8回国際陶磁器展美濃「入賞入選作品目録」
妻籠宿、馬籠宿からの帰路、
中津川の町を通り抜ける頃、
真っ青な空の中に いわし雲が出ていて、
あまりの美しさに 車を停めて写真を撮った。
きょうも暑かったが、
空にはもう秋の気配が・・・。
大切な一日の終わりが近づいてきた。
《 いわし雲 おおいなる瀬を さかのぼる 》 飯田蛇笏
《 いわし雲 いづこの森も 祭りにて 》 水原秋櫻子
山ぶどうの繊維で編んだカゴ(手提げ)は おしゃれな女性の間で人気がある。
(4~5万円くらいするので なかなか買えない)
木曾谷の入り口・馬籠宿の「木曾馬籠脇本陣資料館」で、
「山ぶどうの脛衣(はばき)」の布地と写真説明が展示されていた。
「脛衣は作業のとき脛(すね)を保護するために着けるもので布製がふつうであるが、これは山ぶどうの繊維で丹念に仕上げられている。」
「重圧されたくらしのなかにあっても、美を楽しむ山男たちの心意気を知る民具」。
いつの時代にも、美しいものにこだわる人がいて びっくり。
妻籠宿を出て 馬籠宿へ。
京から江戸へ下る際、中山道・木曾11宿では最初の宿場。
こちらには到着が午後遅くになり、観光客も少なくなっていた。
わりときつい坂道がつづく。
時代が変わり、何よりも、暮らしが車社会になって、町並みも変わりたがっているみたい。
昔は石段、石畳みちだった気がしたが、今は段差をならして御影石の新しい石畳敷きの坂道に変わっている。
町並みのなかに、店先がいまふうの巻上げシャッターの閉まったところがあったりして、
ちょっとがっかりした。
中津川市山口(馬籠宿)の歴史・景観と、ここの地この家の人たちの暮らし。
後世に伝えたいこと・・、いまを便利に暮らしたいこと・・、
町並みという貴重な財産の伝承が どうまとまるのか、むつかしい・・と思った。
中津川、信州方面へ行くとき、もうひとつの楽しみは 木曾谷で手づくりの工芸品を見ること。
南木曾町妻籠宿から R256国道を昼神温泉方面に進むと、
<木地師(きじし)の里>があり、伝統工芸士の方もおられる。
そのうちの一軒:ヤマイチさんを訪れた。
南木曽ろくろ細工・伝統工芸士小椋一一さんの手造りの味わいがずらりと並ぶ、工場・展示・販売のお店。
以前から欲しいと思っていた、“木ならではの ぬくもりの品”に出会えて良かった。
きょうのお気に入りは、ろくろ細工の急須と、拭き漆のランチョンマット(平角盆)。
10年ぶりに妻籠宿と馬籠宿で遊んできた。
妻籠宿は 以前よりも店も充実し、
町並みを守るための原則を作り、成功していて、
観光客が多く賑やかであった。
“妻籠の人たちは町並みを守るために家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」という3原則を作り”、”ここで生活しながら、貴重な財産を後世に伝えておられる”(妻籠宿案内図しおり記述)。
江戸と京を結ぶ中山道。
数時間 江戸時代の町並みを歩き、
きびしくも、旧きよき時代を想いながら 楽しかった。
シンガーソングライター・さだまさしはこうして生まれた。
『永き旋律』というタイトルに惹かれて 手に取った。
帯に「さだまさしの母が綴る自伝的子育て日記」とあり、読んでみたくなった。
有名な「精霊流し」や「関白宣言」は、こうして 苦労の結果だったのかと知った。
最終章につづいて、さだまさし氏からのメッセージが掲載されている・・。
「優れた母親は“気が違ったような”思いで子供の未来を信じている。・・母とはそういう存在なのである。」と言っている。
二十数年前の本。全面改訂・大幅増補での復刊版であるが、
母と子の愛の絆は、いつの時代も同じですね。
【写真】佐田喜代子著『永き旋律-さだ家の母と子供たち-』2008.6.30.初版 ㈱ユーキャン発行。自由国民社発売 @1800E
わたしはよく、「小説を書いて芥川賞をとるのが夢」と、ジョークを言っている。
帯に「芥川賞・直木賞作家を最も多く育てた編集者・・」とあるのを読んだ。
高橋一清著『あなたも作家になれる』2008.6.初版
これは少しは芥川賞のことがわかるかも・・と読み始めた。
何はともあれ 早朝5時に起きて読み始めたら、止められなくなり、
盆休みだし、すべての家事をほっぽり出して、3時ごろまでに読んでしまった。
何事も賞を取るということは難しいことが分かった。
今日以後は、芥川賞が欲しいなどとは言わないことにしよう!
ブログを書くだけでも四苦八苦なのにね。
この著者から得たもの・・
文章を書くことを覚えると、周囲の景色や出来事をよく見るようになる。
そういう心がけで暮らしていると、毎日が濃密で充実したものになる。
このことは常々実感していることでもある。
これからも ときどき読み返したい本。
【写真】高橋一清著『あなたも作家になれる』
2008.6.25.初版。KKベストセラーズ発行。@1429E
木曽川学セミナー(第7回)は「水田と それを取り巻く自然」。 講師は岐阜県立森林文化アカデミー准教授・植物生態学・柳沢 直 氏。
農薬を使わなかった時代に、田んぼには こんな種類の植物や魚・カエル・昆虫が生息していた。
今は、休耕田が増えたことや、除草剤殺菌剤など農薬を使うことで、植物の種類も変わってきたし、虫も棲みづらくなったようだ。
スライドを見ながら、植物の名前の由来や その生態なども教えられました。
「吾亦紅」の花は 茶花として日本では知られてますが、中国大陸にも多く自生しているとか。 さすが専門の先生ですね。
【写真】この「吾亦紅(ワレモコウ)」は知人が作ったワックスフラワー。ほんものそっくりでよくできています。
暑い日の昼食に そうめんサラダを よく作る。
ゆで上がったそうめんを冷やす。
レタス、きゅうり、薄焼きたまご、ハム、大葉、ねぎ・・と、いろいろな具をのせる。
大鉢は 岩清水さんの まき窯で焼いたもの。
瑞浪の山の中で、愛犬「佐助」と共に、作陶されていた。
何年か前、岩清水さんの生きざまと、その作品にあこがれ、いろいろ分けてもらった。
彼女は お母さんの介護のために、北海道の実家に帰られた・・。
「お元気かなぁ」と、この鉢を見るたびに 思う。
これまでお地蔵さんは30体(個)くらい作りました。
こんどは、同じ土で すこしユーモラスな支那のお坊さんを作ってみた。
下から香が焚けるようにした。
酸化で焼いたが、炭化みたいに黒っぽく、ほどよいグラディエーションが付き、よい色に焼けました。
また ゴーヤの話。
5月に植えたゴーヤの苗から どんどん つるが伸びてくる。
今や、畑と裏庭との境の垣根を乗り越えて、何でも支柱代わりにつかまって成る。
花の元に小さな実をつけたゴーヤは かわいい。
ゴーヤなんて苦いもの“食えるか”と言っている人・・。
糖尿病に悩んでいる人・・、食べるといいそうですよ。
家の中で『里山ビジネス』集英社新書・玉村豊男著の本を見つけた。
たぶん夫が「里山ビジネス」という書名に惹かれて買ったもの。著者がどんな人かも知らずに・・。
わたしは何十年も前から、この著者の『パリ 雑学ノート』、『料理の四面体』を読んでいた。また「家庭画報」「ミセス」のグラビア紹介記事などを見て、おなじみ(?)だった。
この人が使う食器に描かれた「野菜の絵」は個性的で生き生きとしていた。
著者はバスも通わないような里山の田舎で、ワイナリー&レストランを開業した。
訪れる人はワイナリーやブドウ畑を見学し、食事をされる。
そこで“ミュージアム農業”と名付けられた。
熊が出るような「里山でレストランが成功したのは、やりたいことをやっただけ」と言われるが、若いときから世界中を見ての、さまざまな経験が成功させたということだと、本書を読み感じた。
田舎暮らしにあこがれただけではできないようだ。
一度、このレストランを訪れて、見てみたいものだ。
【写真】集英社新書『里山ビジネス』玉村豊男著 2008.6.22.集英社刊。@680E
知人から聞いた「めがね」をDVDで借りてきた。
荻上直子監督。 小林聡美さん、もたいまさこさんなど、以前見た「かもめ食堂」と同じキャスト、スタッフ。 演技が自然でとっても上手な女優さんたち。
沖縄・与論島の海辺の宿を舞台に、ゆっくりと過ぎる。
どこか風変わりな、こころ温まる物語。
メルヘンの世界にいるような、真っ青な海。
15年前に行ったトルコのエーゲ海・クシャダスを想い出した(わたしが見た海で一番きれい)。
世知辛い世の中で ありえないような、不思議な気もしたが・・。
暑いさなか、涼しげな夢の中に ひとときを遊んだ。
今年は 緑色鮮やかなオクラが採れる。
いままでは虫にやられたり、採り忘れると硬くて食べられなかったりで、さんざんだった。
日本には 江戸時代から明治にかけて伝来したといわれているが・・。
わたしが食材としてたびたび使うようになったのは、この20年くらいのもの。
うすい黄色の花も可愛い。
きれいでおいしいオクラが収穫できれば うれしい。
尾張三大奇祭のひとつ、尾張富士(大宮浅間神社)の石上げ祭。
石(献石)を尾張富士山頂に上げた者は、願い事がかなうといわれている。
地元なので子ども会・町内会から子ども連で参加する。
いまどきは一番暑い頃なので、早朝6時ころに集合して、石吊りの唄を歌いながら(実はテープを流しながら)出かける。
大きな献石を8人吊りで担ぎ上げ、長く太いロープを大勢がかりで引きながら登る。(尾張の各地から、子ども会、町内会。中学校クラス対抗もあり、同年会、職場仲間、各地祭り連なども。16人、32人吊りも何十組と参加する。)
尾張富士の標高は300㍍弱。ふもとの浅間神社から健脚者で30分くらいかかる。
小学校高学年の子どもたちには、充分登りきれる。
日が暮れるころ、登り道108箇所でかがり火を焚く。
山頂からたいまつを振り回しながら駆け下りる火振り神事あり、花火打ち上げありで盛り上がる。
ゴーヤがたくさん採れるので、いろいろなレシピを試している。
真夏に沖縄に出かけたとき、ゴーヤジュースを飲んだことを思い出した。
新しいおろし器で ゴーヤをすって絞った。
小さ目の2本をすると コップ一杯になる。
ハチミツも選んで 「菜の花」や「桜」を入れてみた。
区別はつかないが どちらもおいしく飲める。
春の小川のように、血液がサラサラと流れてくれれば 幸いです。
竹紙漉き講座第4回目は 竹紙を漉いて掛け時計を作る。
前回用意しておいた材料で。灯(あかり)用の大きな紙を漉く。
その後、掛け時計を作る。
梱包用緩衝材(発泡スチロール)を使って作った丸い型枠に、竹紙漉き繊維材料を流し込む。水分が引くのを待って 何度も重ねてまた流し込む・・。
時計文字の部分は 貝殻、ビーズ、石、炭などなど各自が好きなものを入れる。
わたしは陶器で作ったボタン(釦)を埋め込んだ。
はじめに手順を聞いたときには よく分からなかったが、百聞は一見に如かず、やってみたら“なーんだ・・”と思った。
上手か下手かは 仕上がりがお楽しみ・・。
暑い日の午後、町屋暮らしを愉しむ女性(ひと)の本、
「京都がくれた小さな生活」麻生圭子著 集英社刊を読む。
作詞家 麻生圭子さん。
今は京都の町屋での生活(くらし)ぶりが注目され、女性誌のグラビアやテレビに時どき紹介されている。
本書は京都に住み、7年間の町屋での生活エッセイ。
うらやましい雑貨、骨董や生活ぶりが、いっぱい出てきてあこがれる。
その中のひとつ。 李朝喫茶「李青」は、以前いろいろな雑誌にも紹介され、一度は行ってみたいと思っている。
著者も「ぜひお寄り下さい」と言っておられるので、ますますあこがれのひとつとなった。
語彙(ごい)が豊富。 ことば使いもきれいな、日本語がちりばめられていて感心する。
さすが本業、作詞家。
何度も読み返したい一冊・・。
【写真】京都がくれた「小さな生活」。 (集英社be文庫)
2003.5.26.初刊 集英社発行。@695E