タタラで角皿を作った。
黒ミカゲ土に白化粧を施し、素焼き。
銅入りオリベを水玉のように落として、つや無し透明を吹き付けた。
黒っぽい器は、あまり量が多いと重い感じがする。
私は銘々皿として白い常用饅頭でも乗せ、白っぽい湯呑みとコーディネートできたら、すてきかなあ。
普茶料理のゴマ豆腐を盛り付けるも好し。
イチゴの赤がよく乗って フルーツ皿にも。
自分の感性に合わせて、枯れた風情を楽しむときなどに使いたい皿。
レストランで何を食べようかなあ?と 思っているとき、ケース内のおいしそうなメニューサンプルに惹かれて注文することも多い。
この食品サンプルは、昭和のはじめのころ郡上八幡町出身の故・岩崎龍三氏が苦心の末、作り始めたということを聞いた。
また、日ごろ目にする食品サンプルは日本が最初で、全国のほぼ全部が郡上八幡で作られている。
いまでは、現地への技術指導により、韓国、中国にも ひろく広がってきたという。
私はメキシコに行ったとき、つたないスペイン語で読んだメニューで(食欲がなかったので)米入りのスープだけを頼んだ。
出てきたのは大盛りのチャーハンらしきものとサラダでびっくり。
あとで聞いたら、スープで煮た御飯だとか。
そんなときメニュー食品サンプルを見て注文したら、こんなことにならなかったのにね。
※写真は みかん、イチゴ、りんごで、郡上八幡の「郡上屋」さん、「創作館」さんで見つけたもの。
食品サンプルの工房やお店が八幡のまちのあちこちにある。
工房見学や予約すれば有料体験もできるところも。
ブログを書くようになってから、文章の書き方とか文章作法など、本を何冊も読んだ。
いつの間にか溜まってしまった。
特におもしろいと思ったのは、
齊藤孝著「原稿用紙10枚を書く力」大和書房刊と、
日垣隆著「すぐに稼げる文章術」幻冬舎’06年刊。
私は若い頃から新聞や月刊雑誌に、よく投稿してきた。
掲載されると自分の手許のものと比べて、すこし手を加えられたものもあった。
そんな時 ひと言つけ加えたり、このような書き方に直されるとよりいっそう読みやすい。 さすがプロだなぁと感心する。
ブログも気を引き締め、少しでもよい文を書いていきたい。
「ぐりとぐらと なかまたち」山脇百合子絵本原画展を、岐阜県美術館で開催中。
【1月11日(金)~3月2日(日)岐阜市宇佐4-1-22】
30年以上も前、子どもたちに読み聞かせをしていた。
そのころは親の私の方が好きな絵本だったかも・・。
土曜日ということもあり、親子連れでにぎわっていた。
原画と絵本とを比較できるコーナーでは、象が描かれているところに文字が入るので、絵本になると描かれた動物が全部は入りきらない、など興味深く楽しめた。
一緒に出かけた孫も、細かいところまで気が付いていた。
外に出ると雪が舞っていた。
メルヘンの世界が深まったようです。
※ 毛糸と布で作られた ぐりとぐら。 6~70cmくらいの大きさで、小さい子たちが大喜び。
郡上八幡では 2月16日から4月3日まで、郡上八幡・城下町おひなめぐりが開催中。
城下町の約100ヶ所で商家(ウインドー)や施設で おひなさまが飾られている。
樂藝館は明治37年に建てられたという林療院。診察室、レントゲン室などは残してある。あとの部屋は市民展示室、町方文化資料室、郡上画廊として使われている。
ここにも江戸時代のものという「おひなさま」が、玄関の一等席に飾られていた。
※ 「郡上八幡樂藝館rakugeikan」
明治37年に建てられた林療院の保存館。国・登録有形文化財。
用事があり久しぶりに郡上八幡を訪れた。
家を9時過ぎに出発、東海環状と東海北陸の自動車道を使って、1時間足らずで到着。
郡上八幡の町は四方を山に囲まれていて、水の町としても有名。
一番好きな場所は、「やなか水のこみち」。
ポケットパークのひとつ(ポケットに入るほど小さな公園)。
生活道路であった道を、約8万個の川石で、水路にも石がはめ込んである。
郡上八幡に来ると必ず寄るところ。
町の上水道は犬啼谷の湧き水を水源にしており、天然のミネラルウオーターを町中で飲んでいるという うらやましさ。
2月23日は、つ(2)つ(2)み(3)で ふろしきの日。
風呂屋で入浴のとき、衣類を脱いで包んだり、着るとき床に敷いたりするから、風呂敷と言うようになった・・。
この話は 私の記憶に間違いがなければ、韓国人の友人の義父(おとう)さんから聞いた。
最小限のものを最大限にして使うという文化は 日本にある。
最近、私も買い物に行くとき、自分用のエコバッグやら、ふろしきを持つようになった。
わが家には、綿の大ふろしき(縞模様や唐草模様の)、ちりめんのもの、紋入りや柄入りのものなど、何枚もある。
今は現代風の、若い人が持つおしゃれなものも多く出回っているようだ。
昨年の「暮しの手帖」を読むまで、ルーシー・リーという陶芸家は知らなかった。
ウイーンに生まれ88歳で倒れるまで70年間も作品を作り続けられた。
日本の民芸運動として縁の深いバナード・リーチを師としているとか。
作風は どこか日本人好みというか、私のあこがれのフォルム。
月刊「カーサ ブルータス」という雑誌の、2008年3月号にも紹介されているのを見つけた。
外国人女性の作ったモダンな作品が、茶室の空間によく映える。
本物をぜひ見たいものだ。
※右:月刊「カーサ ブルータス」08.3.号 マガジンハウス刊。
左:隔月刊「暮しの手帖」07.8.号 暮しの手帖社刊。
53p コーヒー・セット。
瀬戸に陶芸に必要な道具を、行きつけの店へ買いに行った。
今回は友人に頼まれていたポンス3セット(穴をあけるためのもの)、石膏板、しっぴき用のハリガネ、陶芸の絵の具(私は黒呉須・黒色が一番使うので、バラでこれのみ)。
ふと横を見ると、愛知県立芸術大学教授でもある、瀬戸の織部焼きで知られる陶芸家のS.K.さん。
以前、ご自宅へお邪魔して、お話を伺ったことがある。
先方は覚えておられないと思うが、会釈していただき光栄でした。
この店はプロの方も買う、100年以上もつづいている老舗。
※写真は S.K.さんの父上のもので、40年以上も前の作品。 今では私の宝物のひとつ。 その織部焼の食器は扇型や三日月型など、ロクロでは作りえない形がほとんどだ。
「子どもにとっての宝物ってなんだろう」。
(財)ハーモニーセンター理事長大野重男先生の講演を聴いた。
子どもにとっての宝物は「もの」ではない。
人間はひとりでは生きていけない。 家族、地域、集団で生きていく すべを学んでいく。
そして自立できる力をつけられてきたことが、宝物である・・。
私も自分が育った地域が丸ごと陶器の世界であった。
私が今、陶芸をするとき、知らず知らずに見てきたものが影響しているかな。
それが私の宝物になる・・ということか。
フォークソングのミニコンサートを聴きに行った。(地域のコミュニテイセンターで)
メンバー4人のうち、紅一点の人は私の知り合いであったが、このような隠れた才能の持ち主であったとは 知らなかった。
私流に言えば、谷村新司か南こうせつの世界であり、気持ちよい歌声にうっとり・・。
このメンバーのを何度も聴いている友人から「プロで通用する」と、日ごろから言われてるよ、と教えてくれた。
※ 2008.2.17.楽田ふれあいセンター
多文化共生社会づくり推進事業「子どもから広がる多文化共生」
犬山しみんていの会・シェイクハンズ主催 ミニコンサートの様子。
平成15年に「元首相細川護煕 パリで個展」という記事を見た。
陶芸仲間は やっかみ半分で、すごいネ、やっぱり元総理大臣・・とか、「熊本の殿様だから」と言ってたものだ。
その後、『不東庵日常』(細川護煕著2004年小学館刊)や『やきものを楽しむ』(2004年小学館刊)を読んだりして、少しづつ見方が変わってきた。
パラミタミュージアムで今回の企画展で、作品にふれ、「すごい人だなあ」と実感。
特に「信楽水指」、「唐津織部茶碗」、カンバスに漆で描いたというに「さくらんぼ」の絵は、この二、三日 頭の中でぐるぐる回っている・・。
「茶陶に惹かれるのは、土と炎という、太古以来存在する原初的なものと素心で向き合うときに、そこに日本的な精神の投影ともいえるものを感じ取るからかもしれない」と書いてある。
なんと深い 高貴な精神を持ったお方なのだろう。
やはり 殿様なのだ。
※『細川護煕のやきもの』 2004年2月小学館発行。
小学館ウィークリーブック 週刊「やきものを楽しむ」別冊第4号。
(全30巻+別冊4巻)
三重県菰野町のパラミタミュージアムへ、企画展・細川護煕「数奇の世界展」を みに行った。
政界引退後、60歳で作陶に没頭、「晴耕雨陶」の生活を始められた。
陶芸作品を中心に、書、漆絵などが展示されていた。
ミュージアムは平日であったために、ゆっくりと 静かに ひとつづつ鑑賞できた。
多くの才能と環境に恵まれた人、うらやましい人と思っていた。
この展覧会の作品集にある赤瀬川原平氏の序文を読み、このことは少し誤解であった。
60歳の白紙の状態から「ふと」芽生えた、新しいことへの挑戦と努力の結果が、人を感動させる作品の数々を生んだということだと思いました。
※ 『晴耕雨読・・細川護煕作品集・・』2007.4.30.新潮社発行。
左隣りは『不東庵日常』細川護煕著 2004.6.10.小学館発行。
新聞で紹介された城山三郎著『そうか もう君はいないか』を買って読んだ。
この本の内容は、奥様への愛情の回想録である。
“五十億人の中で ただ一人「おい」と呼べる妻・・”。
この言葉、当たり前だが、何故か惹かれた。
最愛の伴侶の死への思いは、私にもいつか経験するのだろうか。
この作家は三つのこと・・・、
「意思、家族、仕事」があれば生活して生きていけるだろう、といわれる。
また、「仕事、伴侶が好き」であれば、楽しく生きられるという
作家・城山三郎が亡くなって、まもなく一年になる。
※ 城山三郎著『そうか、もう君はいないのか』新潮社刊 2008.1.25.発行。<初出>「小説新潮」2008年1月号
ひさしぶりに鉄板厨房「だるま」でランチ。
この店にはちょうど1年くらい前、友人に「お好み焼き食べに行こう」と誘われ、“お好み焼き”はあまり好きではないので、しぶしぶついて行った。
創作鉄板焼きと言って、それはそれは おいしくて・・・・。それ以来数回通った。
行くたびに 器と 土間にはめこまれた陶板が気になっていた。
きょうはお昼時12時より前だったが、カウンター席しか空いていなかった。
おかげで店主に声を掛けれた。
カウンターから見る限り 楽しい器がたくさんある。
店主からは これら器は、主に多治見の貞山陶房で作られたもの、電話をして訪ねれば見せて下さる由、親切に教えていただき、名刺までいただいた。
※ 写真は 鉄板の上。 焼きあがったお好み焼きを 貞山陶房・作のこの器にのせる直前の瞬間・・。
「今日の昼ごろ 空いていたら ご飯食べに来ませんか」とお誘いがあった。
焼きおにぎり器(電気)を買ったので、面白半分に作って食べよう、という。
あつあつのみそ汁におにぎり。卵焼き。焼き魚。菜の花のごまよごし。にんじんのたらこ和え。高野豆腐の煮物・・。
素朴だけど、私たちの年代には、こんな献立が一番おいしい。
旅行から帰ったばかりの人、姑の介護の苦労話、趣味の話、遊び上手の人もいて、みんなそれぞれ。
話題はいつまでもつづく。 あっという間の3時間。
「焼きおにぎり器、使うのはめずらしいうちだけよね」などと言いながら、
「まあいいか、 充分盛り上がったから」と、中年おばさんは帰るまでにぎやかです。
脳科学者・茂木健一郎さんが 朝のテレビで話していた。
『 アハ体験とは「ああ そうなのか」と気づくこと。
これが脳を刺激する。
アハ体験を多くするには、ブログや日記を毎日つけること。
振り返って 自分を外から見ると気付く。 』
・・・・・・・・・・・・・
このブログも 2ヶ月近く続いた。
毎日書きながら、(こんなもの毎日書いて何に成る。自己満足だけではないか・・)とも思っていた。
・・でも 今朝この話を聞いて、もう少し続けるかなァ、・・・
※ 2008.2.12.CBCテレビ「はなまるマーケット:脳科学者・茂木健一郎とアハ体験」から
袋物(花器)をロクロで挽くのは 好き。
今回は 黒ミカゲの土を使った高さ13.5㌢の一輪挿し。
このくらいの大きさの花器は、個人の家では 応用が利く。
少し乾いたくらいで、白化粧をうっすらとして、線で文様を描いておく。
釉は つやなし透明を、霧吹きで かけた。
控えめで 花の色が映えると思うが・・。我田引水ですね。
ピンクのワビスケ(侘助)を一輪活けて 眺め、悦に入っている。
何かで見た楽しい皿を思い出して 作ってみた。
タタラづくりで厚さ8㍉。長さは36㌢。
土は美濃赤土を使い、釉薬は灰釉を さらりとかけ流した。
ひな祭りに、茶巾寿しや 手まり寿しを盛ったら、この器は風合いを生かせないか・・。
すぐに やってみました。
いかがでしょうか。
少しユーモラスな「ふくろうの灯かり」を作ってみた。
最近よく好んで使う赤土4号の土で、ロクロを挽いた。
生乾きになったら 穴を開ける。
顔はほんのわずか透明釉をかけ、還元焼成しました。
灯かりの電球は 赤っぽいほうがきれい。
[注] 焼成には、酸化と還元があります。
簡単に言えば、酸化は「酸」という字体からもわかるように、窯の中を酸素の量をいっぱいにして焼く。
還元はその反対で、窯の中の酸素を少なくする焼き方。
米大統領選(’08.11.)予備選挙が始まった。
民主党立候補者のヒラリー・クリントンさん。
「私なら 大統領就任初日から 難題に取り組むことができる」と。
今までの経験の豊富さで、自信を持って言い切れるのでしょう。
それが彼女を 生き生きとさせ、魅力になる。
美人で すてきな女性。
他所の国のことでも 応援したくなります。
私財500万ドル(約5億円)で、ご自分の夢を追うという。
これはどうみても 庶民には理解できませんけれども。
かって 私は二日間だけアメリカに滞在したことがある。
はるか上空から見渡した あの大陸に限らず、アメリカは「なんでも大きいなぁ」という印象だった。
※ アメリカ合衆国(中央部)
「新詳高等地図ー初訂版ー」H11帝国書院刊
「いなりあげ」の揚げが煮てあるものをよく使う。
そのままで酢めしを詰めれば いなりずしができる。
切り干し大根を煮るとき、2、3枚切って入れると、切り干しの方にも味がしみておいしい。
もうひとつは 細切れ昆布と一緒に煮ても、コクが出ておいしくなる。
一品足りない時 すぐにできるので、買い置きしておくと便利なすぐれもの。
今夜は白菜を煮るものにも入れてみようと思う。
昨年くらいからスーパーなどのレジ袋はもったいないからと、エコバッグ持参の人が増えている。
スーパー側もレジ袋不要なら、スタンプカードで現金還元や、ポイントがたまるサービスをしている店が多くなった。
私はいつも決まったところの店には行かないし、外出先からは車の止めやすい所に行くことが多いので、不意の買い物が多い。
確かに、いつもの急な買い物に備えて自分のエコバックを持ち歩く習慣に、すこしづつだが慣れてきた。
私の場合はあちこちの店のポイントカードを何枚も持ち歩くのは、サイフの中身が増えて困るので、ある店のようにレジ袋不要な時は何%か買い物金額を引いてくれるのが一番よい。
私のエコバッグは友人が作ってくれたもの、夏用に保冷付きのもの、自分で買ったものなど、いくつも溜まった。
この本を見つけたときは びっくりして買ってしまった。
サブタイトルは「本を読まない人はサルである!」と強烈である。
「バラバラのジャンルの本を 同時に10冊読んでも、刺激される脳の部位が異なるから、読めるものである」。
また「一冊の本を最後まで読まなくてもよい」。
私にとっては うれしいことがいっぱい書いてあった。
このブログを見た方は ぜひお読みください。
陶芸をしていると、ギャラリーとか焼き物の産地を よく見て歩く。
常滑市の とこなめ焼卸団地セラモールにも、楽しい店が多くある(20軒くらい)。
ガーデングッヅがいっぱいの店、常滑の急須、花器、日用食器などの店、古布や骨董もある店など。
私は何回も来ているので、私の好みの お店にまっしぐら。
自分の作品を引き立ててくれるグッヅ、花台とか布とかに、どうしても目がいく。
何時間でも見ていたいが、いつも時間が無くて、後ろ髪を引かれる思いで帰ってくる。
また、行きたい・・!
柚子こしょうから思い出した「モレ」って いったい何だろうと、図書館で調べてきた。
モレとは いろいろな香辛料をたっぷり混ぜ込んで作った、チョコレート色のソース。
数種類のチリ(唐辛子)ガリック、オニオン、グリーントマト、ココアなどが溶け込んで、奥深い味を作り出していたもの。
このソースは 鶏肉料理などの上にかけて食べると おいしいそうだ。
モレを使ったメキシコ料理の、主なメニューとしては:
☆ メキシコ激辛鶏肉いため
☆ 鶏肉のモレ ネグロソース
そう言えば、わが家にホームステイしていたメキシコ女性Sも、お肉料理に使っていたな。
いずれにせよモレは唐辛子(いろいろな種類の)が多く入っているので、日本の柚子こしょうに似ているのかなぁ。
ちなみに、16年前に私はメキシコに行った。
私のホームステイ先の隣の家は、とり肉屋さん。
日本みたいに とり肉を部位でなく、一羽づつ まるごとぶら下げて売っていた。
見慣れない場面に ギョ―ッとした。
PS :
今朝(2/3)6時台のNHKテレビ番組で、大分県の柚子や唐辛子を作っている農家の皆さんの話を視た。
地域を元気にする一村一品活動として、大分県産の赤唐辛子や、青唐辛子の赤くなるまで熟させたものに、柚子を合わせて、赤柚子こしょうを作っている。
とても評判がよくて、使うお客さんがふえているそうだ。
柚子こしょう。 冬になると よく使う。
5年くらい前に、友人から九州・大分産柚子こしょうを おみやげにもらった。
それ以来すっかり気に入って よく使う。
鍋料理はもとより 毎日の味噌汁、湯豆腐、辛子の代わりに納豆にも・・。
柚子こしょうは 青柚子の塩漬けと青唐辛子(九州ではこしょうというそうな)の塩漬けをつぶして、混ぜたもの。
使っているとき、ふと思い出したことがある。
20年近く前に、メキシコ人の女性がわが家に6ヶ月間ホームステイして時、モレという香辛料を使っていた。
カレーのような味で、日本人の私には がまんできない辛さだった。
いま、私は これに似た辛さを好んでいる。
台所に IHクッキングヒーターを入れて、ちょうど1年になる。
よい点も 悪い点も 体験できた。
一番うれしいのは「揚げ物」。
設定温度を目で確認できるから、失敗無く仕上がる。
とっても便利。
「火元を切り忘れて、鍋を 空焼きしても、自動的にオフになる安全機能」は、ますます必要になる・・。トホホ・・・。
輻射熱が少ないので、夏も涼しく調理できる。
フラット天板だから、掃除、手入れも楽々。
二月・如月に入った。
如月(きさらぎ)の語源は、寒さで着物を更に重ね着る「衣更着・きぬさらぎ」からと言われている。
今朝は グアテマラからメールがきた。
20年来の親しい友人からです。
語学が堪能で、知性が豊かな女性だが、時々ずっこける様なことをされる。ユーモアあふれ、かわいい女性(ひと)でもあります。
その辺りに一泊旅行にでも出かけるような気軽さで、一人で旅立つ。それも海外での長期間ボランティアに出かけられる! 今度は 中央アメリカのグアテマラの国へ・・。
ご主人お嬢さんご家族の協力もバッチリで 素晴らしい。
ちょくちょくいただく 毎回のメールでは、読んでいるほうはおもしろいが、ひやひやもする。
くれぐれも体調と身の安全に気を付けて、任期を勤め上げて、元気に日本にお帰りください。 楽しみに待ってますネ。
※ 女性(ひと)ひとり、グアテマラ国の空の下でのボランティアに奮闘している様子は、ご本人のお許しとご好意をいただいて、「地域ホームページ犬山羽黒」グアテマラ通信のコーナーで連載中。異国の暮らしやハプニングなど、友人の奮闘ぶりを紹介しています。
http://www.satoyama-koubou.jp/haguro/ から どうぞ。