よりみち探偵団
犬山城下で集合。 7名出席。
犬山神社を参拝。
この横を通ることはあっても 中へ入るのははじめて。
体育館の横を下がり、西古券を歩く。
犬山城主成瀬正親公のころから 「御料鵜飼い」として始まり、
鵜匠が住んでいたところいうので鵜飼町とも呼ばれる。
南に歩いていき 偶然近くのおられた男性から
この町に詳しく 話しをお聞きした。
このあたりは木曽川のほとりで船大工が多い。
後藤又兵衛という腕の立つ方も おられた。
通称 材木町とも呼ばれる。
江戸・徳川の世のころの町並み想像できる地区。
ランチは新しくできた うどん屋。
御夫妻だけで経営の小さなお店。
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コーヒーは東古券の「豆腐かふぇ 浦嶌」で。
この店は訪れるたびに、
店の中の室礼がわたし好みで気持ちがよい。
コーヒーカップも きれいな絵柄のものが揃っている。
ていねいにドリップしたコーヒーもおいしかった。
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10月26日(日)の日本経済新聞に
NPO法人 日本成人病予防協会専務理事の、
安村礼子先生が 次のような記事を書いておられた。
日常生活で健康寿命を延ばすためには、
知識と意識を持つことが大切。
そのためのキーワードは:
「てくてく」「かみかみ」「にこにこ」「わくわく」
運動し、よく食べ、笑顔で いろいろなことをして興味を持ち、
健康について学ぶことが大切。
わたしの場合は、
運動が一番意識しなければならないなあ
あとは 今 現在はクリアできてる。
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明治村学 第3回目講座。
今日のテーマは、「 庭とインテリアから見る”すまい” 」
講師は 博物館明治村 学芸員・中野 裕子先生
明治の代表的な公邸、私邸、別荘など紹介され、
どのような”すまい”であったかを話された・・
・・西郷従道邸、有栖川宮邸、芝川又右衛門邸、
西園寺公望別荘「坐漁荘」・・
明治村に移築されている、どの邸も、
これまでに見ていたので、
先生の説明を受けると だいたいは 解かりました。
が、鉄製暖炉とか 木製の椅子家具は輸入品であったのか。
細かいインテリアの家紋の話や、
その庭が誰によって造られたのか、と説明を受けると
改めてもう一度見てみたいと思った。
明治の贅(ぜい)を尽くした建物(重要文化財も多い)が
みられる明治村は、
知れば知るほど見応えのある博物館ですね。
時は10月、上天気の週末で、
村内も朝から 賑わっていた。
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「今井焼」の話を聞いて、
ぜひ「宮ヶ洞窯跡」に行ってみたかった。
きょうは台風が通り過ぎ、朝から上天気。
初めて使う粘土でマグカップを挽いてみた。
削りができるように乾燥するまでに、行って来よう。
家から車で15分くらい。
今井という地区の石作神社を目指す。
この神社の祭神は天照大神だが、
御祭神のひとりに菅原道真公という学問の神様も在る。
明治の初期には
境内の舞台で子弟の教育がなされていたという。
この神社奥手 すぐのところに
「宮が洞窯跡」の看板が立っていた。
台風の後で足元も悪く、きょうの出で立ちでは
今は草ぼうぼうで入って行くこともできない。
ここで、
トンネル窯が焼かれていたのだと思ったら
感激した・・
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10月もいろいろな講演会があり 愉しみ。
わたしの住む市では犬山焼がさかんに作られている。
1700年元禄のころには「今井焼」があった・・
岩田洗心館で、今 展示されている今井焼の記念講演会として
瀬戸市文化振興財団の青木修先生が話された。
犬山の今井という地区に宮ヶ洞窯跡がある。
今井焼がどういうものか
どんな釉薬を使っていたか
主要焼成器は 何が多く作陶されていたか
先生はていねいわかりやすく話された。
そんな意義のある窯が どうして消滅したか・・
わたしが一番知りたかったことは
瀬戸の窯元の多くが陶器は瀬戸に任せろ、
と、いわば いやがらせをしたこと。
先生は、考古学の窯跡採収資料から推察される、と。
【青木修先生の講演会資料から】
最前列の席に座り聞き入った。
とても興味のある話で もっとくわしく知りたい。
近いうちに 宮ヶ洞窯跡地へ
石作神社にある今井焼の狛犬も 見に行って来よう・・
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名古屋経済大学主催の
「犬山オープンカレッジ」公開講座が開かれた。
タイトルがおもしろそう・・で出かけた。
・・・・「すし屋で恥をかかないために」
大学の講義室に入るのは 何年振りか・・
自分が大学生のころは、こんなきれいな部屋だったのかなあ。
投影機、音響設備なども整い、快適・・
講師(日比野光敏先生)は短大部の先生だから、
食物科専攻の先生でしょうか・・
専門分野は 郷土すしや家庭すしだとか。
どんなことでも深く極めること・知識を持つことは
愉しいことですね。
「すし」は千数百年もの歴史のある食べ物である。
けれども日本のオリジナルなものではないという。
東南アジアメコン川支流あたりから中国を経て、
渡来した、食べ方、食べ物であったなんて、
初めて知りました。
酢は使わないで、川魚の発酵食品であったとか。
そういえば韓国の 巻きずしは酢を入れてない。
中国の、韓国の、日本の、、と複雑な すし。
何故かわたしは講義を聴きながら
すしにまつわる話に 頭が混乱しました・・
終了後、学生食堂でカレッジランチ(460円)を食べました。
ちょうど開催している大学祭を見て回り、
若い人たちの元気な姿に触れてきました。
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お隣さんから たくさんの栗をいただいた。
あっという間に出来る お手軽スイーツです。
・・が、栗を茹でて 皮を剥く手間がね。
100個 剥きました。
そのあとは、
アルバイトから帰ってきた孫娘が
「くりきんとん」に作ってくれました。
栗きんとんの銘菓子屋の、
「すや」「川上屋」にも劣らないほど おいしかった。
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第1回目は 西園寺公望の別邸「坐漁荘」を
二年かけて保存修理した際の話しを聞いた。
2回目のきょうは博物館明治村の学芸員の案内・説明で、
その「坐漁荘」を見学。
建坪は70坪くらいとか。
部屋数も多い・・
天井、欄間とか襖などの細かいところにも、
できるだけ当時の材料で、材質に近いもので、
と苦労されている。
「坐漁荘」は 今は静岡市となっている清水港に近い、
興津の海辺に在って駿河湾を一望できた。
ここでは 二階からながめる庭も、
入鹿池が借景となり、見事な眺めである。
「坐漁荘」とは「のんびりと魚釣りでもして過ごすつもり」
という意味で命名された。
こそっと学芸員の方に伺ったら、
二年間の修繕費は2億円もかかったそうである。
学芸員の方の説明はわかりやすく、
明治の建造物はよ~く考えて工夫してあり 感心した。
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名古屋の栄町に出かけた。
・・学生時代には毎日のように遊んでいたところ。
いまは半年に一度くらいしか来ない。
ついでに松坂屋(デパート)に寄ったが、
若い人用の服しか無い。
わたしが年老いたためですね・・。
近年はデパ地下の売り場が楽しい。
ちょうどお昼時で 行ってみた。
きれいな盛り付けでおいしそうなものばかりで、
つい 買ってしまった。
マツタケ入りのおこわです。
米八(ヨネハチ)。
この店は「おこわ」を独自の製法・・
お米の状態や具材に合わせて、
お米の浸水時間や 蒸し時間を調節している、
と店員さんが言ってました。
おいしかったです。
きょうも色気より食い気・・でした。
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身長6㎝ 体重40gのお地蔵さん 12名がそろいました。
いまから 焼成です。
こちらの お地蔵さんは
ロクロ挽きや型抜きで作るわけにはいきません。
手びねりで 土の塊からひとつづつ・・です。
作っている時は 無心で、土と共に楽しんでいます。
時には
「もう夕ご飯の準備をする時間だ」と気付いて がっかり・・。
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