「ツートン青木」さんって何をする人なのか、全然知りませんでした。
「ものまねグランプリ」などに出演される、歌唱力にも注目の方という。
ショーのチケットをいただいたので、娘たちとみてきました。
何人かの歌手の物真似をされて、「衣装」がまた華やかでびっくり。
特にジュデイオングさんの「衣装」はすばらしくきれいでした。
中でも「美空ひばり」メロディの歌唱力には驚いた・・。
あまり気乗りせずに出かけたが、よかった。
主催者の方 申し訳ありませんでした。ありがとうございます。
ご近所さん6人で25年も続いて 食事会をしている。
(一年に1~2回程度だが)
きょうはホテルの料理長をされていたが、辞めて 自分の店を開かれたという和食の店でした。
ミニ懐石だったが、とても手のこんだ料理が満足でした。
(残念なことにカメラを忘れた)
30代、40代の娘や息子が結婚しないので悩んでいるという話題も出た。
帰宅後夕刊を開いたら、晩婚・未婚化の流れ「小倉千加子さんに聞く」という記事。
・・30代40代の単身者が集中する「単塊世代」が形成されたという。
女性は顕著で、結婚にも泡のような夢は抱かない。
そこに男性は不安定さがあり、野心はあっても就労意欲やスキルのない人が目立つ、と書かれている。
今の世代を見ていると、わたしも共感できる。
さりとて すぐにどうするとよいのか思いつかないが、このままではやはり未婚化が進むのか。
【写真】 日本経済新聞 2012年10月27日(夕刊)こころのページ
10月23日(火)中部経済新聞に、
「カレーペースト料理 女性誌でレシピ紹介」という記事が掲載されていた。
ホームページで見ると、LEEという雑誌の読者100人が作ったメニューが、毎日一品づつ紹介されていた。
まだ、この8月に売り出されたばかりの調味料。
わたしはカレー味が好きなので、さっそくスーパーで探した。
Cook Do カレーペースト。 @284円でした。
とりあえす家にあった材料のナスともやしと豚肉の野菜炒めを作った。
カレースパイスの香りと あめ色玉ねぎのコクが出て、ごはんに合う一品ができた。
これからいろいろな料理に使ってみようかなぁ・・。
小川糸・著 『 つるかめ助産院 』 集英社・刊
つい最近 NHKでドラマ化され放映されていた。
わたしは知らなくて、最後の第8話のみ 見た。
本屋さんでは『 つるかめ助産院 』が何十冊も積まれていた。
『 食堂かたつむり 』と同じ作者だが、作風はずいぶん異なっていた。
わたしは三度 妊娠出産という体験をしたが、遠い昔のこと。
本書を読みながら、少しは思い出してなつかしい感情を愉しんだ。
それにしても小川糸という作家は、食べ物にも興味があるのか、描かれている食事が めちゃおいしそうだ。
【写真・部分】 小川糸・著 『 つるかめ助産院 』 集英社・刊
@1400e
岐阜県美濃市で 毎年開かれる「美濃和紙あかりアート展」へ行ってきた。二年ぶりった。
美濃市は 美濃和紙と「うだつの上がる町並み」で有名。
国選の伝統的な建造物が多くある。
古民家利用の食事処、カフェや 美濃和紙の店などがあり、散策も楽しい。
夕方5時。
町並みの道端に並んだ、500点以上もの「美濃和紙あかりアート」に点灯されると、見物客から「わぁ~ きれい!」と声が上がる・
ひとつづつ見て歩く。
6時ごろになり、そとはさらに暗くなると 灯かりが美しく輝く。
一緒に行った小学生の孫も「来年は小学生部門で出品しようか・・!」
秋晴れの日
史跡:東之宮古墳へ。
友人に頼んで 案内をしてもらった。
成田山名古屋別院の奥で、
やはり一度は連れていってもらわなければ 登り口も わからなかった。
愛知県下で一番古い 大きな古墳だ。
今日も 何人かの人が 手入れされていた。
そのあと モンキーパークへ行き、世界の猿を見学。
わたし達、おばあさんのグループは見当たらないと思ったが、
そうでもなくて 楽しんでいる方も 多かった。
娘から借りたオレンジページ(2012年8月17日号)。
特集は「レンジで超ラクごはん」。
ひじきとレンコンの 煮物を作ってみた。
レンコンをうすく切ったものと ひじきは、サーッと水洗いし、水気を切ったものを用意する。
耐熱のボウルに だし汁と しょうゆ、酒、ごま油を入れ、ラップを掛け、電子レンジで加熱するだけ。
火加減を調節しながら煮る という智恵も要らないし、細やかな味の感覚も無いが、簡単で まあまあの味でした。
若い人たちの読む雑誌も なかなか おもしろい。
91歳になっても、著者のように老いを怖れない心の持ち方、日々のありようを読ませていただいた。
著者・清川妙さんの本は、いままで何冊も読んだ。
考え方も若いし、なによりも年老いても海外に一人で出かけられたりするので、健康に恵まれた方でもある と思っていた。
著者にならって、いくつになっても挑戦する気持ち・勇気を持って 生き続けていきたいですね。
【写真・部分】 清川 妙・著 『 91歳の人生塾 』 小学館・刊
2012.8.29.初版第1刷発行 @1300e
日本経済新聞夕刊の新聞小説は、重松清・著の「ファミレス」。
アラフォ世代の 何組かの家族の、日常生活を描いたもの。
子どもが独立したあとの、また 二人きりになったとき、
夫婦はどのように過ごしていくか、というのが問われている。
10月13日(土)のところで おもしろいことが書かれていた。
・・「オシドリってね、毎年パートナーを替えてるのよ。
だから、あんなに仲良く寄り添って池に浮かんでるの」
えっ 本当!? と思って調べたら、正しかった。
「Kさん家は オシドリ夫婦ね」というセリフを言うとき、
ちょっと考えてしまうなあ・・。
友人が スーパーでの「手作り展」に参加している。
袋物、ショール類、帽子、アクセサリーなど。
それに加えて「揚げパン」のコーナーも。
これはライトバンを改造したパン屋さん。
「そらいろめがね」という名前。
ミニバンの中には、コンパクトなミニの台所があり、
注文すると パンを揚げてくれる。
シナモン、きな粉など 好みの砂糖をまぶして出来上がり。
ふわふわして とってもおいしい。
愛嬌の良い、若い男性がこれを始めて2か月だとか。
わたし達 おばさんに 好印象でした。
きょうは ついたてに飾る小さな花を編む。
小菊を10本、ねこじゃらしを10本、
とりあえず 編む。
最近は 陶と藤のコラボ作品を制作されているの。
わたしは 皆さんの陶のほうを 作らせていただき いそがしい。
こういう本が目につくようになった。
著者・曾野綾子さんの本の中から
「老年になる技術」のことばを選んでまとめたもの。
いくつかは 気に入った。
が、一番共感したのは、
「いささかの無駄、愚かさを許して」と題して、食欲も物欲も無くなったら終わりだから、いささかの無駄や愚かさは覚悟の上で自分に許したほうがいい、という。
わたしの生き方は無駄ばかりかも知れないが、
人に迷惑はかけていない。
こうした生き方は自分自身のことだから、
安心して過ごせれば それでよい人生だ、と思っている。
【写真】 曾野綾子・著 『 老年になる技術 』 海竜社・刊
2012.8.29.第1刷発行 @880e
市民総合大学 明治カルチャー史学科 の一日目。
「近代和風建築の世界」というタイトルで、
博物館明治村館長の 鈴木博之先生が講義。
明治のころの名人の作品と言われる建築物を、スライドで見ながら 説明を聞く。
わたしは和風の床の間、天井などに興味があるので、熱を入れて聞いた。
講座の会場は三重県庁舎ということで、北の駐車場から歩いて20分! まだ汗ばむので、皆さん会場に着くと汗を拭いておられる。
それでも明治村は きらびやかさはないが、おだやかな雰囲気で 歩いているだけで 気分がよい。
今年も 年間パスポートの書き換えをしてきた。
コーヒーショップで雑誌を見ていたら、隣り町のパン屋さんが載っていた。
娘から、おいしいよと言われて、何度か買いに行って 食べているお店。
きょうはさっそく出かけた。
ここの「きんぴらごぼう入りのパン」が好き。
和食のおかずであるきんぴらとパンの組み合わせが いい。食べているあいだは、しあわせ・・。
60cmもある なが~いバケットも味がある。
清潔なお店で とりどりの いく種類もの パンがある。
食パンも欲しかったが、お昼すぎからしか焼きやがらないらしい。
ここの一押しは(パンの名前は忘れたが)一日に100本以上売れるらしい。
でも、わたしはきんぴら入りのパンが どうしても食べたい。
ほかのパン屋さんのきんぴらごぼう入りのパンも食べたが、やはりここのは わざわざ買いに行きたい。
片田舎の町はずれに ぽつんとある。
お客さんが4~5人も入ると店がいっぱいの小さなお店。
それでも ひっきりなしに買いにくる人たちが、多い。
[お店] マエジマ製パン
509-0207 岐阜県可児市今渡2499-7
TEL&FAX 0574-62-8408 日、月が定休日
[写真]ブログに書きたいと言ったら、ぜひ書いてください、と。
写真も載せてくださいね、とこころよく御許しをいただいた。
新聞や雑誌に書かれたものをまとめたもの。
著者は1930年代に誕生されているので、
わたしより10歳以上 年長だ。
が、同じような体験はしているので、
わたしも”老いのつぶやき”は多くある。
このほんの中で ひどく気になったことがある・・
「 一家団らんや家庭の幸福を、額縁に入った一枚の絵のように思い描いてはなるまい。
家庭とは動く関係であり、家庭とは揺れる小艇である。
混乱と動揺は、生命のエネルギーの表現ではないだろうか。 」
よく考えれば そうなのかも知れない。
でも、わたしの家は「額縁に入った一枚の静かな絵」がいつまでも続いてほしい と願っている。
これがわたしの「老いのつぶやき」かも。