上用まんじゅう作りを 何回もしている。
山芋を きめ細かく すりおろして、砂糖を混ぜて、上新粉入れて混ぜると、真っ白な生地になる。
これに あん(餡)を入れて包み、10分くらい蒸します。
その昔、和菓子は貴族など位の高い人しか食べられなかった。
そのために 上に用いるということで、上用まんじゅうという名がつけられたとか。
図書館の新刊コーナーで 何気なく手にした。
著者は がん・感染症センター都立駒込病院院長。 さまざまながんの患者の告知の体験を書かれ、 死について、何人かの終末期のエピソードが書かれている。
本書で書かれているキューブラー・ロス(精神科医)は、一万人を看取ったと言われている。 その著書『死ぬ瞬間』ベストセラーの中で書かれた、
「死の受容の五段階」は 心に残ります。
1.不認 (自分が死ぬなんて、あるはずがない・・)
2.怒り (なぜ 自分が死ななければならないのか・・)
3.取引 (何とか、孫の入学式まで生かさせて・・)
4.抑うつ(もう、何もできない・・)
5.受容 (死を受け入れる)
エピソードの中の、「 今日は死を受容できない。 昨日は少し受容できた、でも死にたくない、まだ33歳だ。 」
このように若い人の「がん」は とくに哀しい。
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人間にとって、他人の死と 自分の死は 全く別物だから・・・。 動物園のトラを檻の外から眺めるのと、ジャングルで突然目の前にトラと出合ったというくらい違う。 自分の死は、ジャングルで出合ったように、自分に襲いかかってくる現実問題なんだ。
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この例えは よく理解できる。
今は がんでなくとも いつかは訪れる「死」について 考えさせられた一冊。
( お気に入りの ウォーキング道 )
ウォーキングする五条川の桜が 満開。
花を見ながら歩いていると、
こころ豊かになるような気がする。
特に 何ヶ所か 水面に映るところがあり、
大げさに言えば 日本の最高の美を見ているようだ。
毎朝(一週間くらい)歩きながら楽しんでいる。
雑誌「クロワッサン」778号(4/10号)に、中国家庭料理研究家、ハン・ウェイさんが、日々の体調に合わせた養生法を書かれている。
食べ過ぎたときは、中国では大根おろしに酢を入れて食べると消化を助けてくれると。
鶴見クリニックの院長先生は、生野菜や果物をすりおろしたもので、食養生すれば、抗酸化力が増して血もさらさらに、と言われている。
94歳で亡くなった母は、元気だったが毎朝食後に、大根おろしに酢を入れて食べていた。
おそらく健康にいいからとか考えていたわけでなく、好きだったからだと思う。
結果的に それが原因で長生きできたのかと思う。
『 愛されたがり屋の韓国人 』 朴 倧玄・著 講談社・刊
~恋愛の法則で深韓流がわかる~
異文化で、お互いがすれ違う考え方や、付き合い方が違うおもしろさが 書かれている。
わたしも何年か前まで、韓国の人たちとの交流で経験したことを思い出した。
本書の中で一番おもしろかったのは、韓国人は「ハゲを治すなら 大金も惜しくない」そうだ。 日本人も気にはするだろうが、それほど大金を使ってまで治そうとする人はいないだろう。
お互いに 違うところが多くあるから おもしろい。
韓流ドラマにはまった人は、こんな本を読んだら、人の心の動きもわかって楽しいと思う。
著者は17年間日本で働く法政大学経済学部教授。
最近 フジテレビの司会者としても活躍されている。
【写真】『 愛されたがり屋の韓国人 』~恋愛の法則で深韓流がわかる~
朴 倧玄・著 講談社・刊。 2010.2.4.第1刷発行。 @1300e
夕方 ライトが点いたので、夜桜見物へ。
・・と言っても、
家から 数十歩で 川に出る。
いろいろなところで桜を見るが、
わが家の近くは 一番きれい。
水が 少なかったので、
川原まで降りて、写してきた。
( 山菜を揚げる。 )
( たけのこ青寄せ和え物。)( 高野豆腐の和え物。 )
2年ぶりに 普茶料理のおけいこに行く。
春の主菜を使ったメニュー。
竹の子、たけのこ田楽、たけのこ青寄せ和え物、菜の花からし和え、山菜の天ぷら(たらの芽、ふきのとう)、高野豆腐の和え物、などなど。
「じょうよ まんじゅう」と草餅を作る。
普茶料理は、材料はシンプルだが、手の込んだものが多く、たっぷり2時間はかかる。
わたしの、この料理教室がお気に入りの理由は、先生の人柄の良さと、すべてに気品が高くセンスが光っているところ。
とくに器は、美濃の陶芸作家であるご主人の作品を使わせていただくので、うっとり みとれるものばかり。
試食の時間は、わたしにとって最高に“至福の時間(とき)”。
( 菜の花からし和え )
( たらの芽、ふきのとう )
( 草餅 )( 普茶料理 )
3月21日の中日新聞。 国の文化財審議会で「瀬戸永泉教会」が国登録文化財に指定された、という記事。
教会礼拝堂は明治33年に建築されたとか。
「わあ なつかしい・・」
わたしは中学一年生から私立のクリスチャンスクールに通学していたので、毎週日曜日にこの教会に通っていた。
今はクリスチャンではないので教会へ行く機会はぜんぜん無い。
(50年も前だが)あの頃 賛美歌を歌い、聖書を読んだ こころ静かな気持ちは、なつかしく 思い出した。
近くまで来たので 隣り町の小牧市歴史館に行ってきた。
ここは名古屋の実業家・平松茂氏が私財を投じて建設し、
昭和43年3月に、小牧市へ寄贈されたもの。
「大山焼」(小牧市の篠岡大山)が展示されていた。
わたしの住む「犬山焼」に似ているので、
「テン無しの大山焼」とも呼ばれていたとか。
これは明治の終わりまでしか続かなかったようです。
平安時代には灰釉が近くで焼かれていたようで、
好きな人には とても魅力的な色合いの焼き物が発掘されて、
出土品が紹介されていた。
パネルの説明を読んでいたら、
これは瀬戸の猿投窯でも、主に焼かれていたとか。
道理で 瀬戸の民芸館でも 同じような器を多く見た。
思わぬつながりが見えてきて、
自分だけの喜びを愉しんできた・・。
著者の老老介護自伝『黄落』を読んだのは、
もう10年以上も前のこと。
著者は時代小説を多く書かれている。
本書は久しぶりに書かれた現代小説短編集とか。
著者はわたしより年上。
故に 今は亡き父親のことを書かれたのも、他の短編も、あと何年か経てば、わたしもあのような老年の日常がやってくるかと思うと、少しさびしくなる。
でも、わたしはケセラセラと思っている・・。