逆立ちしたって作家にはなれない。
でも、こういう読み物は好き。
作家修業するには、柔らかな頭を持つ、発想の転換のできる人でないとできないそうだ。
このことは作家でなくとも、人として楽しく生きれる人はこういう性格の人だとおもうが・・・。
実現可能な範囲での中で書くことが当たり前の日常としていければ、わたしは作家でなくとも、ささやかな趣味として生きがいになる。
この本を読みながら そのように考えた。
【写真】『中高年からの最短作家修業』水野麻里著2008.3.10.初版 扶桑社刊

今日から月2回「竹紙教室」に通うことになった。
“地元の竹で竹紙を作ろう”と小学校に「竹紙工房」が設けられている。

講師の先生は、竹との付き合いは25年くらいになる。
「サライ」という雑誌に掲載された作家水上勉氏の竹紙を漉く記事に感動したのがきっかけで興味を持ち、自分で竹紙を漉き、竹工芸を作るようになった、と話された。
今日の作業は「竹を切り材料を仕込む」だ。
この春生長した青竹を使う。この時期を逃がすとできない。
長さ2㍍くらいの青竹を、節ごとに切り端の節は切り落とす。
輪切りの竹筒を木槌で叩き、3、4個の竹べら状に割る。
これを一年間水に漬け、竹の繊維を採りだせるように仕込む。
美しいものを作り出す裏には、何事でも大変な作業があるということでしょう。
竹のこぎりで切り落とすのは、慣れない作業だったが楽しかった。

**竹漉き、竹紙、絵手紙つくりなどこれからの流れの説明を受けた**

東京秋葉原の無差別殺傷事件では、本当に驚いた。
マスコミは仕事場での不満が引き金になった原因と言っている。
貝原益軒の人生でも、6年余りの浪人生活を強いられて、忍ぶ人生を歩む時期もあったと書いてある。
儒学者でもある益軒は、心の平安や精神のありよう(今様に言えばストレスかな)が、いかに大切かも教えている。
今も昔もいつの時代であろうとも、「人の生きよう」は変わらないということか。
人生に落ち込んでいるときは、益軒の本を読み、じっくり考えてみるのもよいと思う。
写真上】貝原益軒肖像(部分)元禄7年狩野昌運筆
『老いてますます楽し』P36本文挿絵ページの様子
【写真下】『老いてますます楽し・・貝原益軒の極意・・』新潮選書
山崎光夫著 2008.2.20.発行 ¥1100E 新潮社刊
山崎光夫著『老いてますます楽し』・・貝原益軒の極意・・
貝原益軒にとくに興味があったわけではないが、『老いてますます楽し』という題に惹かれた。
貝原益軒は江戸時代はじめの頃の人で、85歳の長命であった。
「・・人を恨(うら)み 怒り、自らほこり、人をそしり、人の小さなる過(あやまち)をせめ、人の言(ことば)をとがめ、無礼(むらい)を怒る(いかる)」ような人は、器(うつわ)の小さな人である。
「・・他人との比較でしか自分が存在しないとしたら、それは悲しい生き物である・・」と。
どれもこれも耳に痛い。
300年経た今も心に響く言葉であり、心しておきたい。
これを書かれた著者の、益軒への思いも伝わってくる。
若い人にも おすすめしたい本。
【写真】『老いてますます楽し・・貝原益軒の極意・・』新潮選書 山崎光夫著 2008.2.20.発行 ¥1100E 新潮社刊
2007年6月12日夜明け4時15分。
母は94歳で他界した。
今日 一周忌。
娘である私からみれば、
味わいのある、おだやかな、よい人生であったと思う。
軽い認知症になってからは、
私の兄が、実によく看護してくれた。
私は兄に感謝しているし、母も天国できっとそう思っていると想う。


ホタルブクロ。 蛍袋。キキョウ科の多年草。
むかし、捕らえたホタルを入れるのに、この花を袋代わりにしたということからついた名。
サツキの木の下に、毎年ひっそりと咲く。
何の手入れもしないのに忘れずに「えらい!」
赤紫色もあるが、うちに咲くのは白に近い淡紅色。
かくれんぼするもの 寄っといで~



わたしがお世話になっている“すぎ陶芸工房”。
この時期、みんなの“作品展”がことしも始まる・・。
“すぎ陶芸工房・作品展”
6月10日(火)~6月17日(火)
小牧市味岡市民センターで
(小牧市久保新町60)(Tel 0568-76-7000)

手びねりの創作人形が好きな人、上絵付けの花びん、焼き〆めのオブジェが得意な人・・・。
個性の光る作品ばかり。 きっと見ごたえがあります。

5歳の外孫は男の子。 車で30分ぐらいのところに住んでいる。
母親に連れられてときどきやってくる。
きょうは車からタモ網を持って降りてくる。 生き物が大好き。
このごろはおじいちゃんと田んぼにカエルを捕まえに行くのが楽しみで来る。
きょうも田んぼから、体長10センチくらいと5センチくらいのを持ち帰ってきた。
自分の「うちへ持って帰る」という孫と、「絶対にうちへは連れて来ないで!」という母親と揉めている。
「カエルさんも夕方になって、家へ帰りたいと泣いているから、田んぼの川へ返そうか」と、祖父のひと言で無事決着。

ミニの花器・花びんが焼きあがった。
大は高さ6.5cmから小は2.5cmまで15個を焼いた。
17個作り、2個は形がよくないので焼かなかった。
土は残りものをいろいろ混ぜたので なんともわからない。
志野釉をかけたら、真っ白ではなくすこし水色っぽくなって、気に入った。
一番小さいのは高さ2.2cmで可愛い。(焼成後は1割5分ほど縮む)。
これでも水が入り花びんの役を果たしてくれる。
ずらりと並べて、自分でもよく作ったなあと、自然に笑いがこみあげてくる。

庭の片隅に 半夏生の花が咲きました。
「半夏生」・・・ハンゲショウ。
夏の半ばに花を咲かせるからだ、ということと、
葉の片側だけが白粉(おしろい)を塗ったようにしろくなるから、半化粧ともいわれるようだ。

ずいぶん前に 野草花の好きな友人から一株分けてもらい、その後ずーっとこの時期になると楽しませてもらう。
これを見つけた別の友人が「これ、葉っぱの半分が白いよ。病気?」と言った。
ドクダミ科といわれるように すこしドクダミの花に似ているかも。
葉の色の変化していくさまがきれいで、切花にせず、庭で眺めるのがよい・・。
