夢にも思わなかった ブログ書き。
60代半ばの ごく平凡な主婦が、毎日 何を書くのかと不安でした。
始まってみると、書くために ものを見る眼が変わってきた。
出来る限り誤ったことを書かないように調べたり、独りよがりの内容でないか、・・私なりに気を遣っていることもある。
親しい人から、“読んでますよ”“拝見しました”“毎日楽しみにしてる”などと言われると、うれしい。
ちなみに、今年は広辞苑(岩波書店)が久しぶりに改訂されるとか、予約もいっぱいで大人気とか。
私が いま使っている広辞苑は、昭和40(1965)年に買って、ずーっと愛用している。
※「広辞苑」編者新村出 岩波書店 昭和39.12.1.第1版第14刷、
定価2500円。 (初本は:昭和30(1955).5.25.第1版第1刷)
“下ごしらえに便利。ちょっとしたことで料理が楽しくなる。キッチンが美しくなる”という言葉にひかれて、通販でスピードカッターを買った。
7人分のハンバーグを作るとして、たまねぎをみじん切りにする時、これがあるとらくちんだしね・・。
届いたものを見て、思っていたより小型でびっくり。
サイズは書いてあったけれど、気にしていなかった。
うっかりも 程度問題ですね。
7人分のたまねぎは 何回もに 分けてやらねばならない。
いっそのこと 包丁で切ったほうが早かったかなぁ・・。

「今 アイポッド ナノiPod nano が一番欲しい」と言う若い人がいた。
エッ? それって何? 何をするもの??
私は家に帰り さっそく娘や孫たちに聞いたら、
「簡単に言ったら、昔のsonyウォークマンよ」と言われた。
同年輩の友人2人に、知っているかどうか 聞いてみた。
ふたりとも、知らない という答え。
説明したら、そういう音楽を聴くのができたと聞いたことがある、と ひとりの人は理解していた。
電器屋さんに行っても、何に使うものかわからないものがある。
これが若い人でなくなったことの証しのひとつですかね・・。

※ iPod nano(アイポッド ナノ)はアップル社のフラッシュメモリを内蔵したデジタルオーディオプレーヤーである。/by Wikipedia
詩人・茨木のり子さんが亡くなる2年前には、『言葉が通じてこそ、友だちになれる』をという本を出版されている(2004年、筑摩書房刊。茨木のり子・金裕鴻共著)。
私が50歳過ぎて韓国語を習っていると、友人はなんで今さら、とよく言われた。
電話で韓国女性のKさんと、私が待ち合わせの約束をした時、Kさんは日本語で「では後ほど」と言われ、びっくりした。
Kさんは いつかこの言葉を使いたくて、機会を待っていた。お会いした時、そのように話された。
私は韓国語で 雨が降ります、という言葉を一番に覚えたので、その頃 雨が降る日を待ち望んでいました。
詩人・茨木のり子さんが亡くなって、この2月で2年になる。
1990年ごろ私は詩人としてではなく、「ハングルへの旅」茨木のり子著でその存在を知った。
そのころ韓国と韓国人に非常に興味があり(私の中で韓流ブーム)、何度も何度も繰り返して読んだ。いま手元にある文庫本のほうも、買ってから15、6年くらい経って、黄ばんできた。
韓国語を習っているとき、隣の席に座った女性がその本を読んでいるのを見て、思わず話しかけたことがある。そのとき「わたしは詩集をいつも読んでいるので」と言われ、茨木のり子さんは詩人だったのか、と気が付いた。
それ以来 茨木のり子詩集にも目がいくようになった。
何かに迷うとき、「自分の感受性くらい自分で守れ」という詩がいつも浮かんでくる。
最近本屋で朝日文庫「ハングルへの旅」をよく見かける。
「ハングルへの旅」茨城のり子著 朝日新聞社刊1989.3.21.第1刷。 初本は1986.6.朝日新聞社刊。
国際交流活動の手伝いボランティアをした。
子どもたちにモンゴルのお菓子・ボーブ作りを教えてくださるので、モンゴルからの留学生Yさんに来ていただいた。

小麦粉を練って油で揚げたボーブ、日本ではかりんとうのようなお菓子でした。ただしここ日本では植物油で揚げましたが、お国では自家製の羊や牛からとった油で揚げられるとか。

ラクダの肉は牛肉に似ておいしい、日本では食べないけれど。長い冬のために保存食として干して、よく食べられるようだ。
日本に来ていちばん驚いたことで、すばらしいと思うのは、交通が発達していること。電車が時刻どおりに来るのは、本当に便利だ。モンゴルではとても考えられないそうだ。
Yさんは遊牧民の家庭に育ち、小学生のころは ひとりで片道40分くらい馬に乗って通学されたとか。参加した子どもたちも、この話には眼が点になった。ここで異文化に接する楽しみが芽生えた子もいるかな。
初対面なのに 私の素朴な疑問にはきはきと答えてくださる。明るくて素適な女性でした。
裏庭に ほんの少し家庭菜園をやっている。
9月に大根の種を蒔いた。数日して真っ黒な土から うす緑色のかわいい芽がでそろった。
ところが二日後に気がついたら、わずかひと晩のうちに ほとんどの芽が よとう虫に食べられた。無農薬。種まきと 双葉と 虫たちの競い合い。
しゃくにさわったので 再度の種はまかなくて、手入れも怠っていた。

忘れた頃に 気がつくと 2本だけ、のびのびと育っている。
12月も1月も あたたかな日に恵まれていた。
大きくなったので抜いてみたら 47センチ、葉っぱも25センチもあった。体長?70センチ以上もある立派な大根の収穫だ。

もちろん 畑から食卓へ直結! みずみずしくて甘い味でした。

年末に うすでついたという あんこ餅と きな粉餅をもらった。
自家製なので 甘味もおさえてあり、さすがに手作り。おいしくいただいた。
ふたつ残ったので、翌日 そのまま食べたけれど 固くなかった。
もちをいただいた方に そのまま伝えると、もち米を蒸したものに 長芋をすりおろしたものを加えて もちをつくと 固くならないそうだ。
こういうことを 生活の知恵というのだろうか。
岩手県では1月1日~11日の間は、あんこをつけた餅は食べない。邪気を払う、一番 格が高いものなので、神様が降りてきている間には 人間は口にしないそうだ。
これは日経新聞の記事(1/7)で 知りました。
この年になっても知らない事ばかり・・。

23年前に はじめて韓国を訪れた。ビザも自分で領事館へ取りに行く時代で、もちろん私は海外旅行もはじめてでした。
その前の年に、韓国のお母さんばかりのグループが日本を訪れて、ひとりひとりが各家庭にホームステイするという交流がありました。
私にとって韓国の国は、遠い遠い世界でしたので、お断りしましたが、引き受け家庭が足らないという為に、しぶしぶお引き受けしました。
そのときの女性が、今度は我が家へ・・と、招待してくださったということで、言葉もわからず おっかなびっくりの旅でしたが、それはそれは 楽しい思い出です。
それ以来、私は韓国が、また韓国の女性が大好きになり、いまでは何人かの親しい韓国の友人ができて、いまでも交流が続いている。
どうにかして、私も韓国語で会話をしたい と努力しました。結果は・・?
ことしもステキな年賀状が届いた。

朝起きるのがつらい季節。
目はさめているので、あと5分で起きなければ・・と思うとき、(きょうはどんなかなぁ)と、新聞連載小説のことを考える。
コーヒーを炒れ 夫が起きてくるまで、ひとりで新聞を読む。
日本経済新聞連載の北方謙三作「望郷の道」。
主人公の生き方に かっこよさを感じる。毎日 待ち遠しい。
