小柄な体躯に悲しみを感ずるガキのころ、
「満州事変でモノも食い物もが乏しくなったころ生まれたおまえには、たいしたものを食べさせてやれなかったからなあ」。
ポツリと言った親父のひと言が、いまも耳に残る。
たしかに兄弟の中では小粒な身体。
親からもらった身体への愚痴は いっさい口にはしなかった。
戦争に負けて、朝から晩まで働きづめで 育ててくれた親。
着の身着のまま、かばん、はきものも見栄えがしなかった。
新制小学校で、とやかくと言われ 見られても、(泣きべそはかいたが)親を恨んだおぼえはない。
新制中学になったころ、隣りの芋畑から、
リヤカーにいっぱいのサツマイモの差し入れを、給食室へ届けにきたりしてくれた。

【写真】小学校の運動会。昭和初期の撮影という。戦後、この姿のまま新制小学校になった。