戦国の勇将・野呂助左衛門の慰霊、顕彰に、
野呂塚供養祭が、2月28日(土)執り行われた。
江南市一円に野呂勇将の末裔の方々が30余家族が居られる。
野呂家代表の方や、犬山市長、議員各位も参集され、
神式ですすむ。
戦国時代。 織田信長上洛、本能寺の変。
そして全国統一を目指す豊臣秀吉の「小牧長久手の戦い」。
その緒戦が八幡林の合戦。
秀吉軍の野呂助左衛門、助三親子は討ち死にするが、
その直後、守りの砦(羽黒城)の守備隊長は山内一豊が任ぜられる。
小牧長久手の戦い、小田原攻めを経て、
全国統一を果たした秀吉。
戦国時代に終止符。“武士の世の中”の全国制覇完成。
「刀狩り令」で兵農分離がすすみ、ご家人としての職業軍人制度の世へ。
「太閤検地」で、耕作地面積割り課税・徴収制度へ。
豊作・不作に左右されずに徴税は安定する。
一方 農民専業となった“百姓”は・・・。
神事の進行も うわの空になっていたところで、玉串奉奠に移っていた。
野呂公顕彰会の お取り持ちも なにかと いそがしい。