秋冷の日曜日。
明治村 西郷従道邸から 森鴎外・夏目漱石住宅へ。
わずかな道のりで、古色蒼然とは・・という樹。
ン・・? 幹が苔むしている。
たいして大木でもないのに。小なりといえどもこの風格。
なんと「ヒトツバタゴ」、 樹齢50年ほど。
苔むすほどの樹ではないのに。
昭和40年3月18日 明治村が開村したのが この界隈。
樹木がすっかり大きくなって、林間の別荘風。
かなりの湿り気の漂う 区域になっているのだろうか。
電動2輪スクーター Self Balanncing Scooter
その名も”Selfi”セルフィ。
やっと 初乗り 試乗できた!!
2005年EXPO 愛知万博”地球博”で初めて見た。
なんで倒れないのか、不思議でしようが無かったシロモノ。
ものつくり岐阜テクノフェアに 実物展示・試乗会。
・・・ ついに 試乗した!!
快適! 快適! こりゃあ いいわぁ!
係り員さんから1分間レクチュアで すぐ乗り回せた。
最高速度は 上限10km/hに制約してあるので安心。
始動スイッチを入れると、その場で 独り立ちしている!
このバランスの良さに びっくり。
前進・後進は つま先立ちか、かかと立ちかで。
前進・加速は ハンドルを前に倒す。減速は 手前に引く。
右折左折は ハンドルを真横・左右に軽く引くだけ。
ブレーキ・停止は ハンドルを垂直に戻す速さで。
発進・停止も 極めてスムース。
その場回転(方向転換)も思いのまま。
まことに快適、スイスイ スイスイ。 言うこと 無し!
車体の防水装置は 標準装備では無いので 雨天は苦手。
もちろんオプションで 装備できる。
道路交通法上、国の型式承認申請中で、
目下は 公道での走行はできない。
私有地内の走行は自由に使える。
工場敷地内の移動はもちろん、テーマパークの園内走行にはできそうだ。
子どもでも高齢者でも らくらく乗り回せるから、
この後 急速に普及しそうな手ごたえだった。
バッテリー走行距離は 10~15km。
100Vまたは200V電源で、充電は1~8時間。
造っているのは、各務原市朝日町のFIT㈱エフ・アイ・ティ社。
完成品価格が35万円ほどとは うれしい価格。
電動支援自転車の倍額~3倍程度。
はやく公道走行が型式認定されるといいな。
そうなったら すぐ お買い上げだ!
清秋の夕暮れ・・。
すがすがしい というより
なにか もの哀しい。
なにか さみしい・・。
思い直して
上を向いて 歩こう!!
(伊勢湾岸自動車道名港中央IC)(名古屋高速 環状線)
第15回 犬山クラフトフェア・・
”おもしろそうだがや”が ことしも近づいてきた。
犬山・城下町の魚屋町まちづくり委員会と、
新町発展会と余坂発展会が共催でひかえ、
「犬山職人・クラフトマンの会”そうだがや”が主催する。
平成23年 11月20日(日)10時~16時
雨天決行! と 気合いが入っている。
参加者出展者数も年々増え、県外からも拡がっている。
ことしは どんな趣向になるか、楽しみ・・。
そうか 七五三の季節なのだ。
立ち寄った大縣神社・姫之宮。
着飾った子たちの 元気な声
いいなあ・・
孫たちも いつの間にか七五三を通過して、
みんな元気に 前へすすんでいる。
(加山雄三ばりに)
しあわせだなあ・・!
秋冷
秋は 夕陽が似合う
昼間の あたたかさが、
ゆるゆると 冷え込んできて
西の空を 染めていく
秋の夕暮れ
田畑、里山の稔りに
感謝
【写真】 国道1号線から(蟹江町内)
秋
味覚の秋
柿
ことしはどうかな。
まずまずの味
感謝の味
紅葉の秋 はじまる。
成田山 名古屋別院にて
国内第一級の広大な農業用溜め池。
入鹿池。
その堤防上の一角に いろいろな記念碑が並ぶ。
一番新しい記念碑は、昭和63年(1988年)。
入鹿池水積招福記念碑。
昭和の第二回大改修 竣工を宣言する碑。
時の内閣副総理大臣・江崎眞澄さんの揮毫。
地元選出の代議士さん、治山治水のドンでもあった。
「副総理」であったこと。
あらためて感慨深い・・。
東海環状自動車道。
たまたま秋の東名高速定期集中工事期間中で、
中央道へ迂回する物流貨物車が多いだろう・・。
と思いきや、意外に平常並みで 拍子抜け。
10月半ばを過ぎるというのに、まだまだ緑が濃い。
里地のケヤキ類は早々と 葉っぱを半分以上も落としたというのに、里山のナラ、クヌギなどは未だまだしっかりと目を覚ましている・・。
里地のケヤキ、サクラの落葉が早いのは、
9月下旬の、ふたつの雨台風で、思い切り枝葉を揺さぶられたからかなあ。
半月ぶりに 入鹿池を覗く。
いつもその脇を、ちらちらと湖面を見ながら、
先を急いで 通りすぎるだけ。
見慣れた景色だが、改めて見ると、
秋もだいぶ 深まって来たなあ。
水位は(海抜表示で)88mくらい。
湖底が74mほどだから、水深14mといったところ。
この町で、粋な催しがあった。
「市議会主催:市民との意見交換会」
市議会が 議員こぞって一同に会し、
日ごろ話題の、身近なテーマ郡で、
市民と直接対話の大集会をやろう、というもの。
1.町内組織における防災対策
2.熱く語ろう! このまちのスポーツ施設
3.どうなる? どうする? ごみ問題
活発な、身近な意見・苦情・要望が続出し、
ねらいは市民の思いと合致していた。
惜しむらくは 二点:
1.議員どのが「自分の意見、自分の描く姿」を出さなかったこと。
・・・自分はこの町をどうしたいか、を言わないこと。
選挙で熱く語った思い入れに照らして、共振しないのか。
2.意見・要望に対して、行政側の対応姿勢を改めさせようと、
共鳴することもなく、
議員どのが”言い訳”めいた実情説明に汲々として汗をかく始末。
・・・議員は 首長や行政幹部の代弁者に成り下がるのか?!
市議会議長の開会の辞・あいさつで、
二元代議制の本領を発揮していきたい!との決意が、
かすんで見える。 否、本領をわかっていないのかな。
この町で、粋な催しがあった。
「市議会主催:市民との意見交換会」
そして、
記念講演会:中部大学教授・武田邦彦さん
「どの程度、放射能を怖がる必要があるか」
事実に基づいて、多少の強調を加えて、解説するスタンスは、
何かと扇情的、大げさすぎて誤解を生む、と批判も多い。
が、それを承知で聴講すれば、指摘は多岐にわたりわかりやすかった。
「フクシマ第一原発原子炉から放出された放射能物質は、
陸上海上を問わず、発生元の原発敷地内へ半永久的に閉じ込めるべし」との主張は、極めて全うな主張で、全世界・全人類・全生物に対する、全うな事業者責任の執り方である。
使用済み核燃料の中間処理場として、六ヶ所村につづいて、第二の「処理場」をフクシマ第一の敷地内に置くことである。
そのためには、フクシマ第一原発を囲む、5kmとか10kmとかの範囲・区域は事業者が買い上げる。
まことに わかりやすく、全うな提言だ、と評価できる。
**** **** ****
ここまで来て、考えさせられた・・・・・:
当該区域内の住民・事業所・施設の関係者には、想像を絶する苦痛なこととなる。
この国のエネルギー政策のリスク発生の犠牲がしわ寄せされることは、非情で過酷な道となる。
全国民が、ここにこそ「ともに苦しみ、ともに復興・ニッポン再生に手をつなごう」
義捐金・ボランティア参加以上に、同胞あい分かち合う絆が支える・・。
電源開発のダム湖水没住民・事業所の集団移転とは、桁違いに大規模な決断と苦痛を伴なう。
だが、人災事故を起こしてしまったニッポンの、ニッポン人の、
全世界の、地球的規模で、大気と海洋と大地を汚染しているニッポンの、せめてもの償いであり、最低限の対処策であろう。
このごろ 気に入らないこと・・・:
溜め池に放流されるブラックバス。
庭先にまで侵入してきた 西洋タンポポ。
空き地、道端に生えてくるセイタカアワダチソウ。
土手やら公園に播種される黄色やらの山野草。
ブラックバス。
釣り人に人気らしいが、日本の里山里地のため池・用水のめだか、ふな、はやなどを駆逐し放題の乱暴者。
外来の山野草。
ガーデニングファンには かわいい! きれい!!と人気らしい。
日本固有種が一網打尽に生息地を奪われていくのはいかがなものか。
魚釣りビジネス、花屋さん:ガーデニングビジネス。
ペット屋さん:ペットビジネス。
外来動植物販売業者は、口を揃えていうのだろう・・:
「ご自分が管理できる範囲内で飼育し、鑑賞下さい。
放流したり、放し飼いにしないで下さい。
花のあと、種をつけたまま捨てないで下さい」と。
・・あとは、愛玩家 鑑賞者の倫理の問題です、と。
人目につかない夜のうちに 散歩にでかけた愛犬が、他人様の門先に残してくれる”ワンちゃんからの贈り物”に 辟易している身にもなってよ!!と叫びたくなる日々・・。
三重県 北勢、藤原町。いまは いなべ市藤原町。
R363沿いの杉林に Sanctuaryという看板。
気になって ちょっと一服 休憩。
Fishing Field COFFEE & RESTAURANT
オープンカフェ・サウザンドウィンズ。
ログハウス店舗・・か。
ん・・? 池がある。
池・・? こんな平地に 池?
「 ログハウス管理棟およびカフェレスト。
従来の管理的釣り堀のイメージを一新した、
フィッシングサンクチュアリ。 」
(お店のパンフレットより)
”サンクチュアリ”が、聖なる場所・境内を指すだけでなく、
深くて安全な場所に設けられたバスたちの住処(棲み家)という意味とは、門外漢には 知らなかったなあ。
城下町の秋のフェステイバルとして、
「秋の犬山 お城まつり」が近づいた。
ことしで第11回だそうな。
城下町、大衆のフェステイバルとしての”お祭り”
氏神様:針綱神社の、神事としての犬山祭り(セレモニー)。
これは違う!と 当事者は声高に 主張される。
電鉄会社が観光客・電車利用者を増すためのキャンペーン。
行政がそっくり乗っかった構図が丸見え・・。
秋祭り。
比良賀神社の秋の大祭。
天照大神、須佐之男命、天香語山命を祭神とする。
わがムラ(町内)からも、御神楽連、子ども神楽連、子ども獅子連が総勢100余名の行列で奉納する。
このひと月ほどは毎晩、和気あいあいの練習会を重ねてきた。
80歳、70歳代の長老10余名から、60~50歳のおじいちゃん、40、30、20歳代のお父さんお母さん。そして小学生~保育園児の20余名まで、三世代ごちゃまぜになって笛、太鼓の猛練習。
毎晩皆勤の長老から、塾・おけいこごとの無い日だけ来てくれる学童。
きょうは非番の日だからぜひ祭り囃しの祭り笛をマスターしたいと、通ってくれる若いお父さん。
クラリネットよりむつかしい!と奮闘するお母さん。
太鼓の音が腹に響く!とバチをたたく腕白坊や。
道行き、宮入りなど ことしもなんとか祭り囃子を奉納、お披露目ができた。
五穀豊穣、村中安全・・めでたく奉納・・。
稔りの 秋。
快晴。
お山もくっきり。
おだやかな 日。
・・・言うこと無し。
観光シーズンの秋
ことしも華々しく観光客誘致キャンペーン。
電鉄会社が 乗車券購入客増加をめざしてキャンペーン。
それに行政が相乗り。
流入観光客の増加が 地域活性化・まちづくり・むらづくりに貢献するから、という。
??
経済効果・雇用増加・税収増加につながる、というが。
昨年も同じように、市税拠出を含めてキャンペーンをした。
その効果は数値では示せず、かろうじて「犬山城への有料入場者数が前年比微増であった」ことで、自己評価(自己満足?)して幕を引いた。
ことしも行政は、とりわけ観光行政・商工行政はイベント動員に熱心だが、10年先、30年先、100年先への「観光立国ビジョン」は見えてこない。
それどころか、考えようともしていない素振りが哀しい。
一枚のポスター。
ビールの広告ポスターと見るか、
祭りが近い、 祭りは愉しい と見るか。
小中学校の秋休み期間中。
保育園の運動会が開かれた(羽黒子ども未来園)
いつ見ても いいなあ。
親御さん おじいちゃんおばあちゃんの笑顔もいい。
ことしは裸足での運動会。
この夏、丹精込めて天然芝を育てた。
芝生の上で 裸足で運動会。
いつまでも 裸足の運動会を愉しんでほしい。
10月8日(土)~9日(日)
第8回 犬山市 産業振興祭 開催。
「わいわい犬山フェスティバル」と銘打って開催された。
両日とも 雲ひとつ無い秋晴れの好天。
犬山市民文化会館、南部公民館、するすみ公園一帯は、大賑わい。
小中学校が 秋休み中とあって、子どもたちもたくさん来場。
時は秋。
すぐそばの比良賀神社では 秋の大祭。
ムラ人が、御神楽奉納の行列・曳きまわしで盛り上がる。
各ムラから子ども獅子の参加も多く、
五穀豊穣、村中安全、国家安泰の願う絆を確かめ合う・・。
片や弥生の民から伝承されるムラの祭りごと。
片や 町の衆・商業者・マチ人の お祭りごと。
いよいよ 秋の大祭。
比良賀神社 最大、最高の日。
ことしは 10月9日 秋晴れの めでたい日。
御神楽屋台の曳きまわし。
神事のあと 舞の奉納。
各町内の善男善女 打ち揃って胴回り。
この日に備えて 神楽保存会、子ども会が 猛練習。
さあ! めでたく奉納行列で出かけよう!!
おらがムラの神社・・・比良賀神社。 由緒その2.
1200年から1203年(建仁年間・鎌倉時代)梶原景親(幼名・豊丸)が現・興禅寺に屋敷を構えて以来、代々羽黒梶原氏の居城として この地を治めていった。
その間、社領地などを寄進されるなど、梶原氏の庇護を受けた。
1370年代(南北朝時代)には、羽黒金屋に鋳物師集団が定着するようになると、金物の神「天目一個神(あまのめのいっこのかみ)」を祀った「比良賀天神」を建てるなど、大いに賑わったといわれている。
しかし、1584年(天正12年・安土桃山時代)小牧長久手の戦いの前哨戦:羽黒合戦(八幡林の戦い)の戦火で、ずべてを焼失してしまった。
1671年(寛文11年・江戸時代)に再建され、1871年(明治4年)比良賀神社と確定された。
1913年(大正2年)に神明社と須賀神社を合祀されて、
現在にいたっている。
おらがムラの神社・・・比良賀神社。
祭神は、
天照大神・須佐之男命・天香語山命(あめのごやまのみこと)。
創建年代は不詳。
言い伝えによると、河川の氾濫による田畑の被害を守るため、川沿いの6ヶ所を選んで祠を建て、天照大神・天香語山命など6柱を祀ったのが始まり。
その後1ヶ所に集められ「六ヶ所大明神」と称し、「太一大見大明神」とも呼ばれた。
太一とは伊勢神宮の別称である。
1186年(文治2年・平安時代)の「尾張国神名帳」には、
小弓の庄羽黒村 従三位 比良賀神社と記載されている。
犬山羽黒まちづくり拠点施設:「小弓の庄」の展示室。
10月5日~23日 「押し花アート作品展」が始まった。
出展者は ふしぎな花倶楽部・松葉士津代ほかの仲間たち。
これが”押し花か?”と信じられないほどに、繊細なワザ。
押し花しても色鮮やかに出来上がっているのが、ふしぎ。
初日には地元のケーブルテレビさんも取材にやってきた。
なるべくたくさんの人に観てもらいたい!とは、
企画主催者の「小弓の庄企画運営委員会」さんのPRの声。
秋。
すすきが似合う季節。
見る人 見る日 見る場所 ・・
それぞれに 思い入れが ちがうように。
その日の気分で 美しさがちがう。
すすきは すすき。
変わりは 無いのに・・。
秋晴れにめぐまれた日。
小学校の運動会。
朝から聞こえる 拡声器の音楽。
百聞は一見に如かず、とばかり出かける。
中庭から見た尾張富士の姿。
いつ どこで見ても、いいお姿だ。
校歌に詠う、その通り!
「 見る目遥けき尾張野の 小弓が庄に地をしめて
・・・
窓に聳ゆる尾張富士 庭をめぐらす八幡の
林の松の深緑 永遠に親しき友なれや
・・・ 」
(自分が通っていたころ、八幡林は500年前とおなじように、
周りはクロマツの うっそうたる松林だった。
このごろ 住宅地開発が進み、八幡神社の境内だけだが)
【羽黒小学校・校歌】
昭和10年(1935)制定
作詞: 香川 大雄
作曲: 菅原 雄宗 ほか 本校職員。
朋あり 遠方より 来たる 亦 愉しからずや
ふらっと 城好きの友がやってきた。
「木の下城址を見たから、羽黒城址を見たい」と。
羽黒城址一帯は夏草が覆いかぶさって、
足もともおぼつかないほどに 放任状態・・。
せっかく去年の秋に整備し、この春にはタケノコをいっぱいにしてくれたのに・・。
こりゃあ またひと仕事できたなあ、と内心思いながら 城址を案内した。
秋晴れの日曜日
このまちのの消防隊員の観閲式。
つづいて、操法競技大会も。
徴兵制の無いこの国で、一般市民も厳しい訓練を潜り抜ける消防隊員の皆さんの、はつらつとした顔、動きが 頼もしい。
観閲するお偉方各位の、紋切り型のアイサツが(そらぞらしい・・)
こういう技能を身に付け、
こんな状態でスタンバイしよう! とか、
市民に「安全と安心と頼りがい」に応えよう!とか、
一つでもいいから”めざす姿・力”を具体的に示せないのかなあ・・。
秋が深まると 枯葉の季節。
今年は 天候不順??
ケヤキの樹種だけが もう枯葉の季節。
このケヤキを眺めること70余年。
こんなに早く 枯れていくのは 記憶が無い・・。