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月例会で、「犬山城下町を語る会」を始めて8回目になる。数年前シャッター通りであった城下町に賑わいが戻り、土日祭日ともなると人が人を呼んでごった返す。しかし、観光客が増えただけで喜んでいていいのか、今こそ10年先50年先のビジョンを持たなければいけないのではないかという思いで、有志を誘い、拙宅でごく内輪の懇談会としてスタートしたものだ。
初めは「犬山城下町」にどんなことを感じているか述べ合った。観光客は確実に増え、空き家も日に日に埋まってきたが、逆に生活者の立場が置き去りにされているとか、依然高齢化に歯止めがかかっていないとか、こんな表面的な数字はバブルでそのうちブームは去るとか、自分たちの町への愛情は持ちつつそれゆえの憂いも語られた。
次の段階で、中部大学の研究者に世界遺産の解説をしてもらった。丁度富士山が登録された時期でもあり、犬山城下町を世界遺産にするためにはどうしたらいいのかを勉強した。しかし、世界遺産というのはあくまで一つの目標としての選択肢であって理想ではない。世界遺産というと文化の何たるかも考えない物見遊山の対象にしか考えない人種が来ても意味ないだろうという意見も出た。
そんなこんな勉強会を重ねるうちに今月はこの会メンバー赤塚次郎さんの話を聞いた。赤塚さんは、愛知県埋蔵文化センターの研究員で、古墳の専門家である。
話のポイントは、城下町の歴史をさらに掘り下げることにあった。歴史というものはその時代時代の層の積み重ねであり、縦に貫く時間軸である。今まで我々は犬山の城下町をどう残し、発展させたらいいのかを一生懸命考えてきた。が、今日の話で視野は逆方向に広がった。犬山城の基になるのは、室町期に築かれた木下城という砦であり、平安期針綱神社の由来やら、古代東の宮、妙感寺、青塚の3大古墳の話、その古墳と御嶽更には太陽との位置関係など、古代人がこの地に住んで何を考え何を建設し、どう生きてきたかという歴史の源流にイメージが伸び伸びと展開される話であった。
私がかねてから主張する祭りの意味とも結びつく。まちづくりは故郷の根っこを掘る作業でもある。先祖の声を聴くこと。何時の時代もそこに住む人の心はその土地を愛し続けてきた。大抵の人の人生は生活する土地への思いと結びつくのだが、歴史の積み重ねなどお構いなく、世界中ボーダレスに経済的利益のみを求め歩くグローバリズムは故郷破壊の思想だ。