「パラダイム」「パラダイムシフト」
久し振りに この話を聴いた。
・・2011.3.11.東日本大震災、巨大津波。
そして配管が損なわれた原発。 そして苦も無く押し流され水没した原発。
さらに無停電装置であるべき原子炉・使用済み核燃料貯蔵所で起こした電源喪失という人災。
あげくは原子炉建屋・装置群の自己爆発事故と放射性物質の放出・被爆人災事故。
世界中が震撼し、いまなお危険と恐怖に落とし込んでいる日本の原子力発電所・貯蔵所が50余ヵ所。
ドイツ、イタリアの反応は早かった。 原発稼働を可及的速やかに全停止へと国家・国民が即断した。
地震帯、海岸線に立地しないアメリカでさえ、原発依存からの決別が国民的合意。
火山・地震源の上に建つ日本の原子力発電依存をつづける列島国家。
この異常さに直ちに反応した人々と、遠い対岸の火事ごととする人々。
この一世紀ほど、とりわけこの半世紀は金太郎あめ的に列島ごと画一的な価値観、規範に動作してきたなかで、今回ほど地方格差が表れたのは、まさにメズラシイこと。
神も仏も人の営みも何もかも、丸ごと海の藻屑に持ち去って行ってしまった大津波。
規制の規範も一発の亜臨界的爆発で次世代次々世代まで住むことも許さない原発爆発事故。
規範も価値観もまるきりひっくり返った東北地方。
再稼働の恐怖におののく近畿圏。
無機質に繰り返された巨大停電の首都圏。
まさにパラダイムシフトした。
それにしても ものつくり王国の東海圏のモヤモヤ感はいかがなものか。
海(大津波)の脅威に加え、山(大洪水)の脅威。
若狭、駿河の原発に挟まれた脅威が実感されていない。
人口急減・活力喪失の直撃が始まっているというのに・・。