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野良仕事をする。車も通らない狭い旧道沿いだ。
駅に近く、朝夕に限らず、往来が多い。
中学校への通学路で、生徒たちが毎日通る。
道端に近いところで野良仕事をしていると、登下校中で、おしゃべりに夢中の子たちも、絶妙の距離で、 「お早うございます」「こんにちは!」と声をかけてくれる。
この子たちは 気持ちよく育っているなあ、と思っていたが、どうやらそうばかりではないようだ。
野良仕事、道端で一服する。
通りがかる大人たちに、こちらから「こんにちは」と声をかける。 顔なじみの人はすぐに声が通う。 勤め帰り、どこかへお出かけ風の大人たちからは、“無視される”のが、実はほとんどだ。
朝夕に、飼い犬の散歩の人、ウォーキングでやってくる人。
「こんにちは」と声かけしても、“無視する”大人(中には中学生らしい子も)が実はほとんどだ。
PTAのH会長さんの言葉通り、「挨拶をしない大人」「挨拶ができない大人」「挨拶されるのを迷惑顔ですり抜ける大人」「挨拶されても他人事で無視する大人」が、実は十中八九が日常化している。
うれしいこともある。幼な子の手を引いた親・祖父母たちは、もれなくにこやかに挨拶が交わせる。
その子たちが中学を卒業すると、「挨拶ができない人」になっていってしまう。
そもそも「挨拶は、こころのふれあいのまくら言葉」。
「挨拶を返さない若者」「挨拶をしようとしない“ひとの道”を通る大人」として成人する地域に、PTA会長のHさんは強い危機感を持っておられる。
「挨拶は、ひとの道の一丁目一番地」だと思う。
ことばを持たない生き物ですら、仲間を眼で耳で認めたら、もれなくリアクションするのになあ。
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