« ホルムズ海峡封鎖・・危機 (1220) | 人口5万人のユートピア (2) (1218) » |
犬山市のアイデンテイテイ。
「犬山市。このまちのアイデンテイテイは水田稲作農業に支えられた城郭城下町だ」「里山里地里川の田園都市と、木の文化・木曾林業・木曽川舟運の城郭城下町との複合体だ」と唱えたら、
「東之宮古墳・青塚古墳、二ノ宮・大縣神社、入鹿・小弓の屯倉・荘園、大和朝廷の東の国府・郡司の防人駐屯の要地だよ」との声も。
弥生時代・水田稲作文化の北限かもと推察される里山・田園都市:犬山。
鎌倉室町時代・公武連携政権から、安土桃山江戸時代・武家政権への嚆矢濫觴(こうしらんしょう)の生き証人・・犬山城・城下町:犬山。
1633年国内最大級の農業用溜め池・入鹿池の築堤。
2033年には築堤400年祭だ。
1537年国内最古の城郭天守閣・犬山城の築城。
2037年には築城500年祭か。
城下町鍛冶屋町の鍛冶屋は刀剣鋳造もやるが、明治以降の平時、平成の世では鎌鍬備中農機具の鍛造・修理修繕で繁盛した。
桜花爛漫の犬山祭り(針綱神社の大祭)には、
近郷のムラから御神楽屋台獅子舞の奉納もあったとか。
今では城下町衆・13台の山車の巡行奉納ばかりが喧伝されるが。
「祭りの保存」「商工・観光・物流の振興」も大事だが、
田んぼを潰すな。森を手入れし、水源林・用水を守れ。
山紫水明・食糧自給自足の循環持続で、
国家安泰、村中安全、子育て・長寿のクニを後世に遺そう!
トラックバックURL(右クリックでURLのコピーをしてください)