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幼な児。
ピカピカの一年生も 日焼けでクロクロに。
「ねえ、ムカデの足は何本あるの?」
「・・・うーん、百本足だよ」
「えーっ 数えたの?」
当て字で「百足」とは書くが、脚は21対。
それに口ばしや触覚かな・・。
ムカデは赤ちゃんは産まない。湿り気の多い土で枯れ葉の下などに 卵を50個くらい産む。一ヵ月くらいで孵化。2~3年かかって成虫へ。寿命6~7年。
小さな昆虫やクモの巣のクモなどを好む。
湿り気のある家の中にも進入する。
とりわけゴキブリやクモがいるような箇所があると、ちょっとした隙間からでも家の中にやってくる。
むかし「寝ている布団中でムカデに噛まれた」と言う話しが出た時、「そりゃあ、きっとゴキブリを食べに来ていたんだよ」「ゴキブリが出ないように、台所や水回りを清潔に乾くようにしろよ」「クモの巣のクモも好物だよ」と。
・・・新生活運動と言う戦後の窮乏生活時代の話し・・。
近頃の高気密でエアコンで暮らす住宅では、いったん入ったムカデも出口・逃げ道が見つからず、苦労するだろうな。
そう言えば、「乳児が居るような家では、蚊帳の中で寝かせろ」「蚊帳は蚊だけでなく、ムカデも入らないから」。
「見つけたムカデはハエ叩きでたたき殺すか、熱いお湯をぶっかけろ。ムカデは熱にはトンと弱いから」と聞いたな。
万一、ムカデに噛まれて毒が入ったら、流水で冷やしながら毒を揉み出すか、噛まれたところに口を付けて吸い出し吐き出して、流水で冷やす。
手元にあれば、抗ヒスタミン軟膏剤を塗る。
あとは1~2日間の腫れ、痛みとかゆみとのお付き合いだ・・。
【写真】(㈱K・S・P社HPより)
春・夏の甲子園を連覇した沖縄・興南高校。
島袋投手と 慶田城(ケダシロ)開中堅手は、
普天間基地の滑走路南端に接する校区の子。
この国の安全保障が、身体に響き耳に聞こえ目に見えるまち。
8月21日決勝戦。
島袋投手、慶田城中堅手が全国制覇したとき、
ふたりのご近所に住む知人から、喜びのメールが届いた・・:
あのとき6年生だったあの子たちが、6年後の同じ8月に、不安を抱えながらも毎日頑張っている地元の人たちに代わって、
「沖縄が この国のために頑張ってるぞと、日本中に示してくれた!」と。
7月18日沖縄大会で優勝し、甲子園行きを全国一番乗りで決めてから、寄ると触るとふたりの子たちの話しで もちきりだった、とか。
おめでとう おふたりさん。 おめでとう 興南高校。
おめでとう 沖縄! この国の未来を ともに考え 強くしよう!
【写真】普天間基地全景。南方から北を見る。滑走路南端(画面下方)の東(右)に接する市街地の大学キャンパスにヘリが墜落した。
滑走路北端脇には宜野湾市役所。宜野湾市広報サイトより。
春・夏の甲子園を連覇した沖縄・興南高校。
17歳の球児のことばが 重い・・。
島袋洋奨ヨウスケ投手。春・夏の連覇を投げ抜いた。
沖縄へ帰っての 優勝報告会で、
「沖縄県民、全員でつかみ取った優勝です。」
「結果だけでなく、いろいろな経験を伝えたい。」
島袋投手は、普天間基地の滑走路南端に接する校区の子。
この国の安全保障が、身体に響き耳に聞こえ、目に見えるまち。
2004年8月米軍ヘリが沖縄国際大学へ墜落炎上した事故。
墜落した米軍ヘリの破片が 自宅の前に飛んできた。
沖国大ヘリ墜落後の市民集会で「安心して暮らせるようになってほしい」と小学生代表挨拶をした。あれから6年。
夏の甲子園の決勝戦で4打数4安打の慶田城(ケダシロ)開中堅手も、島袋投手とは 幼なじみの近所同士。
残り少ない夏休み、できたら ふたりで(おじいちゃんの居る)今帰仁の海でゆっくり泳ぎたい、とも。
【写真上】轟音を上げて米海兵隊普天間飛行場から離陸するFA18戦闘攻撃機。時事通信社サイトより。
【写真下】普天間基地全景。南方から北を見る。滑走路南端(画面下方)の東(右)に接する市街地の大学キャンパスにヘリが墜落した。
滑走路北端脇には宜野湾市役所。宜野湾市広報サイトより。
春・夏の甲子園を連覇した沖縄・興南高校。
18歳の球児のことばが 重い・・。
夜遅く 沖縄の母校へ。
学園の体育館を開放しての優勝報告会。
はるばる各地から駆けつけた県民で、超満員。
我如古 盛次主将は、
「 この優勝旗は すべての県民で勝ち取った優勝旗です。
ありがとうございました」と、応援に 感謝した。
我如古主将と、銘苅圭介選手は、
名護市辺野古・キャンプシュワーブの校区の子。
東の海側は、キャンプシュワーブに連なるサンゴ礁の 入り江。
西の山側は、宜野座の米軍演習場の森林地帯。
名護市辺野古の校区から、興南高校へ来ている球児。
・・・ 沖縄では、みんなが知っている。
甲子園の大観衆の中が興奮する中で、
“沖縄の思い”を伝えたい!
解かってほしい! 考えてほしい!と、
“夢”をやってのけた、のだ。
【写真】名護市久志~豊原~辺野古の海岸線。右寄りの岬一帯が米軍キャンプシュワーブ基地。
夏の甲子園 優勝校・興南高校(我如古(がねこ)主将)。
13-1 で、神奈川・東海大相模を退け 優勝。
前日の準決勝 兵庫・報徳学園を 6-5で、逆転勝利。
翌日の決勝戦に向けて、我如古主将・・
「 明日の決勝戦は 沖縄の歴史を変える試合です。
興南の野球を 全国に知ってほしい! 」と言った。
ついに頂点に立ったと喜びに湧き上がるアルプススタンド。
その頭上の先に、はるか沖縄の方角に 目をやりながら、
「 沖縄の歴史を 変えることができた。
県民 みんなで勝ち取った優勝です! 」と言い切った。
背筋を伸ばして、凛とした声で きっぱりと。
インタビュアが つぎの言葉が失うほど 強い気迫で。
130人の部員のキャプテン。
「 あまり口に出して言うタイプではない。
自分の行動、背中を見せるんです。」という。
控えや記録員の部員たちも、
「 言葉でも プレーでも 引っ張っていく主将です」
「 選手の中の 監督みたいな存在。
主将は とても責任感がある人です。」と。
当人は 小学校の卒業文集に、
「 努力があるから 夢がある。
目標は 夢で終わってはいけない。」と記している。
[写真]深紅の優勝旗を受ける興南高校我如古盛次主将。(by-NHKTV)
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