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駅の改札口前に、大きな立て看板が。
「 夜間 駅から帰宅途中の女性を狙う、
”ちかん”連続発生中!! 」
「痴漢発生に対する警戒特報!!」
チラシも大量に配布され続ける・・。
午後8時から 深夜0時過ぎ、
ここ半月余りの間に 7件も連続発生中という。
駅から徒歩2~3分か、徒歩5~10分あたりで。
いずれも、防犯街路灯が ちょっと間遠になったり、
小道になったあたり、とか。
「通学路・通勤路が通行安全で、治安がよい」ことは、
「上下水道の完備」、「生活ゴミの処理・清掃が整備されている」ことと並んで、”住みよいまち””子どもたちを育てたいまち”の必須条件。
パトカーの警戒巡回、地域コミュニテイの青パトのパトロール、町内会防災会の自主パトロールも強められている。
このところの暑苦しい熱帯夜つづきで、抑止力も効きが小さい。
きょうも また 名古屋テレビ塔近くへ。
久屋大通公園・セントラルパーク、・・。
すっかり名古屋の顔になっている。
極暑の夏にも、緑を失わず がんばっている。
高校生の詰襟姿が ぎこちないころ、
数人の友だちで 25Kmの道のりを、
自転車で、「名古屋のてれび塔」を見物に来た。
1954年の夏、あの日も暑かったなあ・・。
塔の下で、口をあんぐりさせて、ただただ見上げるばかり。
100メートル道路が、何もなく だだっ広かった。
防火地帯にするという。
まわりは未だ立ち退きが済んでいないお屋敷も。
「がいろじゅ」にするという、ひょろひょろの苗木。
クスノキやケヤキが、添え木の杭に支えられて、
ポツン、ポツンと飛び飛びに 植えられていた。
それが こんなに立派な都市公園の姿になって・・。
自分も それだけ歳をとったのだな・・。
ついに見つけたり、芝生の校庭!!
名古屋市東区 東桜小学校。
運動会のシーズンで、4、5年生が 組み体操の練習中。
生徒も先生も 全員 裸足。
素足の裏から、土の感触をつかみながら、
嬉々として 真剣に なんども組みの練習・・。
都心の、ビジネス街で、ビルの谷間に小さめのグラウンド。
子どもたちが、転げながらも のびやかな笑顔がうれしい。
小中学校の校庭は、緑の芝生の運動場に限る。
なんで この国の教育界は、芝生の運動場にしないのか!
2005年愛知万博(”愛・地球博”EXPO '05)
中部国際空港と高速セントレアラインの開通。
名古屋港をまたぐトリノ3大橋と伊勢湾岸道路の開通。
刈谷ハイウエイオアシスは、NEXCO中日本のSAや、
岩が池公園を包み込むエリアに、株式会社法人で設立。
うたい文句は、
グルメ・お土産・カルチャー・健康など、
「楽しい」「嬉しい」「美味しい」が いっぱい!!
朝から夜まで、とことん遊ぼう!
あれから5年。
地域おこし、まちおこし、地産地消、などなど、
”地域活性化”の掛け声、思い入れのオンパレードの中、
成功し、みんなに喜ばれている(と、拝見する)。
とくに「産直市場オアシス」の盛況が うらやましい。
ミレニアム猛暑日。
(千年に一度のサイクルの猛暑日続き、だそうだ)
猛暑に見上げた名古屋TV塔。
「Thank You メモリアル・キャンペーン」
~もう一度、あなたに会いたい~を展開中。
2011年7月24日。
いわゆるアナログ放送が日本から消える日。
「テレビ塔」を卒業し、リニューアル工事をして、
「文化発信のシンボルとして、”新タワー”に生まれ変わる。
今の姿を見られるのは、その日まで。
1953(S28).9.19.着工し、十月十日(とつきとうか)後、
1954(s29).6.19.に完成した。
2011(h23).7.24.退役する。57歳早期退職か。
開業当時、”名古屋のエッフェル塔”の誉れが なつかしい。
【写真】(上)完成したテレビ塔と周辺の街並み。(下)テレビ塔開業当日の様子。長蛇の列。クスノキ、ケヤキの街路樹の若木が植樹された。いずれも名古屋テレビ塔㈱HPから。
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